ONEコロ★入りました

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 野口は自分のマンションに小早川と吉川を残したまま大学の教授室に向かった。中州と市田も早晩、淀川の河川敷で小早川のテントを探し出すだろう。もぬけの殻になっていることに気づき、周囲のホームレスから若い男が迎えに来ていたと聞き及ぶに違いない。頭が切れる市田はおそらく野口が怪しいとにらむ。だが動機が分からず、証拠もないので、中州には打ち明けられない。市田はたぶんそういう男だと野口は考えた。  「さてどうやって二人の信頼をつなぎとめるか」。野口は考えた。市田が動かぬ証拠を見つけるまで一定の時間はある。ここは小早川に一芝居打ってもらうしかないなとの結論に至ったとき、野口のケータイが鳴った。市田だった。  「もしもし、野口です」。  「市田です。遅い時間にすみません。少々よろしいでしょうか」。  野口は平静を装い「もちろんです。どうかしましたか」と答えた。  市田は野口の声を聞き「さすが冷静だな」と感じたが、声には出さず、 「実は小早川の所在を突き止めたのですが、一足違いで誰かに連れて行かれたようで、行方不明でした。残念です」と告げた。  野口は「それは残念でしたね。連れ去った人物に心当たりはありますか」と問いかけた。  市田は内心「いけしゃーしゃーと」と思いつつ、「確信はありませんが、疑わしい人物はいます」と揺さぶりをかけた。  野口は「ほう」と思い、敢えて挑発に乗った。「その疑わしい人物には僕も含まれているのでしょうね」。  「ええ、ですね」。市田が即答すると、ケータイの向こうから「なんですってえ」という中州の素っ頓狂な声が聞こえた。マイクにしていたのか。「市田、あんた教授を疑っているわけ?なんでよ」と中州に突っ込まれ、市田がしどろもどろしている。野口はくすくす笑った。「助け船を出してやるか」。  「中州さん、聞こえますか?野口です。市田さんが疑うのは当然です。だって僕はお二人から小早川氏を探しに行く聞かされていました。その直後に行方不明になったわけですからタイミングが良すぎますよね」。  「そ、それはそうですけど、そんなことする理由が・・・。だって、ねえ」。中州が戸惑い気味に話す。  野口は「ありがとうございます。身の潔白を立てるために僕も小早川氏を探しますよ」と告げると、中州が「では、ワクチン生産の工程表をお待ちしています。おやすみなさい」と恐縮してケータイを切った。  「市田、これからワンチームで戦わなきゃならないのになんてこと言ってくれちゃってるのよ」。中州はぷうと頬を膨らませて怒っている。  市田は直感で、野口がクロと半ば確信していたが、これ以上追及しても無駄だとも感じていた。敵は切れ者だ。野口という人物を調べる必要があると考えながら、中州のご機嫌を取ろうと「すみませんでした。つい口が滑って。おわびにワイン買いますよ。先輩の家で一杯やりながら作戦会議でもどうですか」と提案した。  「また始まった。あんたの頭の中にはスケベしかないのかなあ」  「違いますよ、違います。おわびの印といいますか、ご機嫌取りといいますか。へんな意味じゃありませんし、僕の頭の中には溢れるばかりの知恵もあります」  「ああ、じゃあ、もう溢れてなくなっちゃったのかもよ。河川敷に戻って拾ってらっしゃいよ」  中州は、市田が何か根拠があって野口を疑っていると考えていた。でも市田は慎重だから軽々しく他人をおとしめることは口にしない。そこがいいところではあるのだが、正直に何でも話してほしかった。だからつい頭に来ていじめてしまう。  中州と市田はそれぞれの思いを秘めつつ、ああだこうだと言い合いながら天神橋筋商店街を中州のマンションに向かって歩いた。
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