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蛸と狼
「はぁはぁ…………!!」
ここはとあることが原因で閑散としている住宅街。雨が降り注ぎ地面を叩き続けるこの場所で一人の少年が息を切らし、雨に濡れることも構わず座り込んでいた。短い黒髪に卑屈そうな目が特徴的な少年は着ている学校の制服も相まって街中に入れば一瞬で目立たなくなるような平凡な容姿であった。
しかし、その少年に特異な点があるとすればそれまで着ていたであろうスクールブレザーで左前腕を包んでいたことだった。しかもそれだけではない、包まれた左前腕はブレザー越しに動いていたのだ。どう見ても普通では有りえない頻度と規模で。
「ぼ、僕がやったんじゃない僕がやったんじゃない僕がやったんじゃない…………!!」
黒髪の少年はうごめく左腕を抱えるように抑えながら壊れたスピーカーのようなうわ言を繰り返す、まるで起きてしまった現実から逃げるように。
この少年の名前は室瀬啓太。日常から虐められていることを除けば昨日まではどこにでもいる高校生だった。しかし今の彼は違う、今の彼は、
『けけけけ、相棒。もう現実逃避はそれぐらいにしとけよ。現実を現状を、そして俺を受け入れて楽になっちまえよ』
「…………!!!だ、黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇ?!!」
突如包んでいる左前腕から聞こえてきた粗暴な声に反応した啓太は、発狂したかのように左腕を振り上げ、思いっきりコンクリートの壁に叩きつけようとする。しかしそれは叶わなかった、包んでいたブレザーを突き破り黒いイヌ科の動物の前足が突き出てコンクリートに当たる瞬間、地面を踏ん張るように当たるのを防いだのであった。
「何なんだよ…………何なんだよお前ぇ?!」
啓太はもはや分けがわからないという気持ちを表すように膝を付き右腕で髪の毛をかきむしる。その様子がそんなに面白い左腕に潜む何かは飛び出した前足二本を器用に使って包まれたブレザーを解いていく。その奥から現れたのは、
『けけけ…………昨日言ったじゃねぇかよ。
俺はお前の闘争心と憎悪の象徴。そしてお前が「狼」の合獣人間であえることの、証明だってなぁ!!』
黒い毛と鋭い牙、紫色の瞳を持つ凶暴な表情を浮かべる狼であった。そう啓太の左前腕は上半身だけの黒い狼そのものに変わっていたのだ。
さて、状況を整理するためにこの少年室瀬啓太の現在の立場を紹介しよう。
室瀬啓太17歳。左前腕が黒狼の上半身に変化する「狼」の合獣人間。
クラスメイト3人に後遺症が残るレベルの重傷を、彼を止めようとした合獣人間管理局の一等管理官に軽傷を追わせたとして、現在合獣人間法に基づきB級犯罪者に確定、
生死問わず全国指名手配中。
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