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「おい、こっちだ!!こっちから室瀬啓太の匂いがする!!」
「ヒィ…………!!」
遠くの方から聞こえてくる男の声とそれに続く重武装したと思われる人間の足音が聞こえてくると、啓太は顔面を蒼白にし足をもつれさせながら走っていく。以前までの啓太の運動能力はお世辞にも高い方ではなかったが、今の彼の運動能力は明らかにプロのアスリートクラスの走破能力を誇っていた。
しかしそれでなお、自分を追う足音を振り切ることができない。
『相棒、追ってくるやつは多分お前と同じイヌ科の合獣人間だ。しかも走力はお前と互角。
このままじゃずっとこの追いかけっ子は続くし、他の奴らに逃走ルートを先回りされたら流石に面倒だぜぇ?』
必死に走っている啓太を嘲笑うように左腕の黒狼は悠々と喋る。啓太は必死に走っているため何かを言い返す余裕はなかったが、それでも抵抗するかのように睨み返す。しかし黒狼はその様が笑えたのか喉奥で不気味な笑い声を上げ悪魔の囁きを行う。
『でもよ、相棒だって本能でわかってんだろ?追ってくるやつはそれなりに強いが俺、いや俺たちなら十分ぶっ殺せる程度の敵だ。
もう覚悟決めてやっちまおうっぜ!!』
「?!!」
黒狼が叫ぶと啓太の体全体が左側に旋回し、その勢いのままさっきまで走っていた道とは逆方向に俯せに倒れてしまう。更に変化はそれだけではない、彼は未だ倒れているにも関わらず、引きずられるかのように啓太の体が動き始めたのだ。
啓太が引きずる力の元である左腕の黒狼を見ると驚きのあまり声も出ず、目を見開く。さっきまでは全長が前腕程度の長さしかないにも関わらず今は腕が伸びその大きさは大型バイクと同等の大きさになっていたのだ。地を蹴る前足は地を素早く蹴り上げ走り抜き、大顎は人の頭にかぶりつける程大きく、眼はランランと殺意に輝いていた。
「お、おいやめろよやめてくれ!!僕は誰も傷つけたくないんだ!!」
『ハハハッ、あきらめろよ相棒!!どうせ俺たちは人を3人も半殺しにしたんだぜ!!もし相棒が俺を左腕ごと切り離しても、突然合獣人間じゃなくなったとしてもその事実は変わらねぇ!!
だとしらたよぉ!!』
体全体に力を入れて啓太は黒狼を止めようとするが黒狼の力は決して緩まらない。それどころか速度は上がっていき気がつけば道の延長線上に人影が見えた顔の全容はわからないが、ピンと立った耳と黒毛、そして目から下が犬のものへと変わっている合獣人間管理官であった。
「…………?!な、何だそれは!!獣の部位が大きく…………?!」
『本能に従って、俺たちを邪魔する奴らを全員!ぶっ殺しちまおうぜぇい!!』
びょぉぉんっっっ!!!
黒狼は二本の前足を同時に踏み込むと啓太ごと自分の体を飛び上がらせ管理官へと大顎を開かせ襲いかかる。管理官はそのあまりに異常な光景にフリーズしてしまっているのか、一歩も動けていない。このままでは今度こそ取り返しの付かない惨劇が起こってしまう。
しかし啓太には何もすることができない、そんな無力さに打ちひしがれながら彼は現実を見ないかのように目をつぶる。
「(このままじゃ、僕はまた…………!!お願いします、誰でもいい…………僕を助けて!!)」
啓太は知っている、この世界には神も仏も存在しないことを。もし存在していたのなら自分はもっとまともな人生を送れていたのだから。しかしそれでなお無駄と知りつつ悲痛な表情でこの状況の打破を願う。そしてその願いは、
後々彼が死ぬほど後悔する形で叶えられる。
ザクッ!!
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