大海を知る

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 「[+]のカードがなくなってしまいましたぁ」とみんが項垂れる。  現在の河塚エルの手札は『グー, チョキ, パー, グー+, チョキ+』。  とみんの手札は『グー, チョキ, パー』だ。  とみんの目線に立つと、自分の手札が[N]のカードだけになった時点で狙うは[+]のカードに勝つことだろう。となると出すべきは『グー』もしくは『パー』になる。  そう考えると河塚エルが出すべき手は『パー』だろうか。とみんがセオリー通りの手を選ぶなら、勝敗は引き分け以上になる。手札に差がある今の状況下では、引き分けは河塚エルの勝利を一気に近づけることになる。『パー』同士の引き分けなら、河塚エルの勝利が確定だ。  いや、それは少々リスキーだと河塚エルは思考する。  仮に『パー』で負けた場合、相手の『グー』を捨てさせる術が減ってしまう。とみんがテキトーに手を選択しているのなら、その可能性も十分にあるように思えた。 「セットだ」  河塚エルが先にカードを一枚セットする。プレッシャーを与える意味も込めた先出しだった。 「う〜ん」カードに穴が空くほど睨みつけ、とみんが唸る。  彼女の脳内では一体どのような計算がなされているのだろうか。  河塚エルは、グーとチョキとパーが辺り一体を埋め尽くしている光景を想像した。 「あ!」やがて彼女は、何やら閃いたような顔をした。  今の戦況に革新的な一手があるわけがないと、河塚エルは胸中を掠めた不安を落ち着ける。 「コレでいきます!」  如何なる方程式の解か。彼女は手札からをセットした。 「……は?」思わず間抜けな声を漏らす河塚エル。 「あれ、知りませんか? ですよ」とみんが勝ち誇ったような顔で続ける。「あたしの地元では流行ったんですよ。あんたちょっとバカね、って奴です」 「いや、それ以前の問題でだな……」  河塚エルが金剛に目線を送る。金剛は何が可笑しいのか豪快に笑った。 「これだから止められん」金剛は徐々に笑いを止めてこう続けた。「プレイヤーは手札からカードを伏せた状態でセットする、説明書きの内容はこうだ。確かにをセットするとは書かれていない。良いだろう、今回に限り二枚出しを認める」 「なんだと」  河塚エルに抗議する暇を与えず、金剛はセットされたカードをめくった。  河塚エルのカードは『チョキ』、とみんのカードは『グー』と『パー』だ。 「やりました!」  とみんはぴょんと跳ね、「どっちだすの〜」と上機嫌に歌いだす。それから無邪気に『グー』を手札に戻した。 「…………え?」  3秒ほど沈黙があり、河塚エルが疑問の声を漏らす。  とみんの行動により、セットされたカードは『チョキ』と『パー』になった。 「…………あれ?」  少し遅れて、とみんも声を漏らす。  結果は河塚エルの勝利となった。
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