三茄子

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三茄子

 入学式のレクリエーションとして開催された『じゃんじゃんけん』は、河塚エルの勝利で幕を閉じた。  とみんが反則ギリギリの奇策を講じたかと思えば間抜けなミスを犯した時点で、勝敗は既に決していた。  河塚エルの手札が『グー, チョキ, パー, グー+, チョキ+』。  とみんがの手札が『グー, チョキ』。  『グー+』を持つ河塚エルは、勝ちが確定の状態になっていたわけだ。 「この国の未来を担うことになるだろう、金の卵たちの成長を心から祈る」  金剛のこんな言葉で、天馬学園の入学式は閉式した。  入学式の後、新入生たちは校舎に移動した。  入学式が開催された体育館から校舎までは一本道だった。その途中で二人が迷子になりかけた。一体どうすれば一本道を外れるのか、河塚エルは理解が追いつかなかった。 「さっさと席につけ」ここまで引率してきた男が教室の教壇から投げかける。長い前髪で目元が隠れている。低い声と合わさって暗い印象を受ける男だ。  教室に綺麗に並べられた机には、それぞれ名前が印字されたカードが貼ってあった。河塚エルは左から2列目の後ろから2番目の席に自分の名前を見つけ、腰を下ろした。  教室の中央より左側は、既に自分の席を見つけた者達が背筋を伸ばしている。 右側で席についているのは未だ一人だけだ。入学式の席順からある程度推測できるだろ、と河塚エルは心中で呟いた。 「ひい、ふう、みい……今年の出席率は8割か。まあ例年通りだな」全員が席についた頃に、教壇の男が呟いた。  五席四列。全部で二十ある席の内、埋まっているのは16席。教室の左側と右側にそれぞれ2つずつ空席がある。どうやら4人は欠席のようだ。 「それじゃあ、なんだ。学生らしく自己紹介でもしていくか」  教壇の男が、最左列に視線を向ける。1番前の席は空席だ。2番目の席の男は静かに目を閉じている。 「止水。簡単に自己紹介頼めるか?」  教壇の男が手元の名簿と見比べながらいうと、2番目の男がゆっくりと立ち上がった。目は閉じたままだ。おかっぱと呼ぶべきか、きっちりと揃えられた前髪は目頭に定規を当てているようだ。 「()(すい) (きょう)です。目が見えません。よろしくお願いします」  止水 鏡は、水のように滑らかな動きで再び腰を下ろした。  打って変わって、一つ後ろの席の椅子が騒がしく引かれる。 「(くろ)()() (あんず)デス!」  元気よくいうのは、肌をこんがり焼いたギャルだ。ド派手なアクセサリを手首や頭やらにジャラジャラと付けている。明るいブロンドの巻髪は、まるで生き物のように畝っている。 「好きなのは可愛いモノ! 嫌いなのは可愛くないモノ! 同級生のみんな可愛い子多くてテンションアゲアゲ!! これからヨロシクね!」  終始明るい自己紹介に、自然と拍手が起こった。 「ボクはパスで」  4番目の男の子が、1つ後ろに聞こえるくらいの小さな声で発する。  小さく頷き、左端最後尾の男が立ち上がった。高身長でスタイリッシュな黒人の男だ。 「ニホンゴワカリマス」男はカタコトな日本語でいった。  ちぐはぐな言葉に、教室の左側に絶妙な空気が流れた。右側は意味を理解していない様子だ。 「ハッハッハ」やがて、黒人の男は耐えきれなくなったように笑い出した。「いやあ、すまんすまん。初めてワイの名前を聞いた奴の反応がオモロくて、毎回カタコトで喋ってまうねん。ニホンゴワカリマスってのが本名やからよろしゅうな。育ちは日本で日本語ペラペラやから安心してや。関西育ちで関西弁なのは堪忍な。気軽にカリマスって呼んでえや。カリスマでもええで」  捲し立てるようなカリマスの言葉に、一同は揃って口をポカンと開けた。
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