三茄子

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 馬組の自己紹介も終盤となった。  2番目の者は欠席。よって最後の者が立ち上がる。  それすなわち、全国の同学年で最も成績が悪かった者というわけだ。 「(あや)() (かず)(たか)だ」  レンズの厚いメガネ。その奥で光る、鷹のように鋭い目。その者とは、入学式の前に座席が表示された電子黒板の前で河塚エルが見かけた男だった。  頭の回転が速そうな男だと河塚エルは感じたが、どうやらそれは勘違いだったようだ。 人は見かけによらない。例外を潰すためだけの便利な言葉が、河塚エルの脳内に浮かんで消えた。 「これで全員だな」教壇の男が疲れたようにいう。  自己紹介を一通り終えるだけで、既に小一時間が経過していた。 「そういえば俺の名前をまだいってなかったな」気怠げな声で男がいう。「今日からお前等の担任教師になる、(ふじ)(やま) (じょう)だ。俺のことを知りたい奴はテキトーにネットで調べとけ」  面倒そうにいうと、男は顔つきを少し真剣なものに変えた。 「いいか? 馬鹿と天才は紙一重、学園長はこう仰っていたが、この言葉の意味を履き違えるなよ」  教室の空気が幾分か重たくなったような気がした。 「ここには成績上位の天組と、成績下位の馬組が揃ってるわけだが、無論、境遇には差がある。例えば、就職が確約されているのは天組のみだ。馬組は、ここでの生活で才能を開花させなければ路頭に迷うことになる」 教室の右と左とで、温度差が生じたように思われた。 「まあ、そう深刻に捉えるな」藤山 城が声色を変える。 「馬鹿の一芸が天才を上回ることは多々ある。だがそれは、ものさしを変えた時に、馬鹿と思われていた奴がその分野においては天才だっただけの話だ。世間で評価を得ようと思えば、その分野のものさしで結果を残さなければならない。いいか? お前らは『学力』というものさしで測ったときの最上と最下だ。だがそこにそれ以上の価値はない。これからは多様性の時代だ。ここでの3年で自分にあったものさしを探せ。そのものさしで自分の成長を測り始めた瞬間、人生は格段に面白くなる」  藤山 城はニヤリと口端を持ち上げた。  河塚エルは彼の笑顔に安心のような感情を抱いたことを自覚し、小首を傾げた。
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