三茄子

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 藤山 城の案内で、新入生一同は天馬学園を巡ることになった。  まずは午前の授業が主に行われるA棟からだ。これまで新入生たちが自己紹介などをしていた教室もこのA棟にある。彼ら一年生の教室は二階だ。 「三階には二年の、四階には三年の教室がそれぞれある。まあ今回はパスでいいだろう。今は午後で人もいないだろうしな」  藤山 城に連れられ、一同は一階に下りた。  一階には職員室や図書室といった施設があった。A棟は全体を通して一般的な校舎といった印象だ。案内の途中、河塚エルはあの男がいないことに気がついた。レンズの厚いメガネと鷹のように鋭い目。綾野 和鷹と名乗った男だ。 「A棟はこれくらいでいいだろう。次いくぞ」  藤山 城の合図で一同が動き始めた頃、何事もなかったように綾野 和鷹が上の階から下りてきて、ひっそりと合流した。そのことに気がついたのは河塚エルだけだったろう。それほどに極めて自然な動きだった。  そういえば、体育館から教室に移動する時も、とみんこと東ノ都 民子と彼は一時的に逸れていた。きっと逸れ慣れているから合流の動きも滑らかなのだろう。河塚エルはそう納得した。 「ここがP棟だ」  A棟の対面に存在する建物、通称P棟。午後の授業が主に行われる校舎は、A棟と違って活気に溢れているようだった。現在が午後であるから、今まさに活動が行われているということだろう。ちなみにPの文字は午後を意味するPost Meridianからきているようだ。A棟のAはAnte Meridianの頭文字である。天馬学園の生徒は、午前と午後に分かれたこの二つの棟を毎日行き来するわけだ。  A棟とP棟は対になっているようだった。大きさや造りは同じで、鏡合わせのようになっている。ただ、A棟が白を基調とした明るい壁であったのに対し、P棟は黒い壁で覆われていた。なるほど、これなら二つの棟を間違う者は少ないだろうと、河塚エルは思った。  一階は運動部の部室がメインだった。グラウンドや体育館へ備品を運ぶことも多いだろうから、利便性を考慮してのものと思われた。  二階は文化部の部室がずらりと並んでいた。文芸部や天文部など、始めは一般的な名前が多かったが、やがて雲行きが怪しくなった。  三階まで上がった頃には、すっかり聴き慣れないモノが立ち並んでいた。 「……ちくわ?」足を止めたとみんが声を漏らす。  そこには『ちくわ部』と名が掲げられらた部屋があった。 「……こんぶ?」隣に目線を走らせ、続けてとみんがいう。  そこには『こん部』と書かれていた。  昆布を連想させる『こん部』が横にあることで、『ちくわ部』がちくわの部活ではなく、食材のちくわぶに思えてくるから不思議だ。 「ええセンスしとるやんけ」そういって笑うのは、関西弁の黒人カリマスだ。「ちなみにちくわとちくわぶは全くの別物って知っとるか? ちくわの主原料は魚のすり身やが、ちくわぶは小麦粉からできとるんやで」  へぇー、ととみんが感心したように頷く。「ところで昆布とちくわぶでおでんみたいだね」 「おでんといえば、串に刺して焼いた豆腐の『田楽』が名前の由来らしいで」  どうやらカリマスは雑学と呼ばれるような知識が豊富らしい。  二人の話を耳に入れながら、河塚エルは一体どのような活動をしているのかと当たり前の疑問を思い浮かべていた。部とついているくらいだから部活の一つなのだろうが、内容は全くみえてこない。第一、活動しているのかすらも怪しかった。中に人が居る気配もないし、単なる思いつきで設立された部なのかもしれない。 「こっちもまた随分とふざけとんなあ」隣に歩を進めてカリマスがいう。  その部屋には『バ部』とだけ書かれていた。新生児の研究でもするのだろうか。もしくは入浴剤を制作しているのかもしれない。  さらに『バ部』の隣には『ビ部』が続いていた。いよいよ意味不明である。開設当時の悪ノリが透けて見えるようだった。  それ以降も『ブ部』『ベ部』『ボ部』と続いていた。 「へい、ボブ!」ふざけ半分にカリマスが呼びかけると、『ボ部』の扉が静かに開いた。 「なにか御用でしょうか」  顔を出したのは純日本顔の小さな男だった。太い眉毛が印象的で、着物を纏っている。  活動中とは思っていなかったのだろう、カリマスが困惑気味に名前を尋ねると、男は佐藤だと答えた。どこまでも日本的だ。 「……あの、もういいですか」 「……あ、すんませんでした」  気まずい空気を残して、佐藤は引っ込んでいった。  どんな活動をしているのかは結局分からずじまいだ。『ボ部』の要素といえば、彼の髪の長さがボブだったくらいだろうか。 『バ部』から始まり『ボ部』まできて、これで一段落だと河塚エルは勝手に思っていたのだが、この学園は一味違った。 「わあ、スゴイ! だ!!」黒美津 杏が興奮気味に声を上げた。 『ボ部』の隣には『ビビデバビデ部』があった。 「ビビデバビデブというとシンデレラに出てくる呪文で、言葉自体に特に意味はないらしいな」カリマスが蘊蓄をたれる。 「そう! 誰でも可愛くなれる魔法の呪文ダよ!!」 黒美津 杏が目を輝かせている。今にも入部を希望しそうな勢いだ。 「騒ぐのはいいが、自分が所属したいと思う団体を見極めておけよ」藤山 城が落ち着いた口調で皆に呼びかける。  ふと河塚エルが視線を走らせると、他とは一味違う雰囲気を醸し出している部屋が目に止まった。そこには『サバイ部』と書かれていた。中からは軍隊の掛け声のようなモノが漏れ出ている。  天馬学園での生活はある意味サバイバルなのだと、暗に訴えかけられているように河塚エルは感じた。
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