三茄子

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 学園案内の最後は学生寮だった。  中央にペガサスの絵が掘られた、レンガ造りの立派な建物の中に入ると、ホテルのラウンジのような空間が出迎えた。隅には椅子が向かい合った休憩スペースがあり、生徒が歓談できるようになっている。  その側には、大量の荷物が積まれていた。新入生たちが事前に郵送しておいたものだ。  河塚エルが自分の荷物を見つけて手に取ると、ネームタグが付いていることに気がついた。自分で付けた覚えはないものだった。 「タグの数字が部屋の番号になってる。明日からの生活に備えてゆっくり身体を休めておけ」  藤山 城は「遅刻するなよ」と最後に付け加えて去っていった。  他の新入生たちも荷物を手に取り、次々と散っていく。 「あ、ありました!」  ここまでずっと大荷物を背負って移動していたとみんだが、彼女は最も小さなポーチを手にした。  いや普通逆だろ、と河塚エルは心の中でツッコミを入れて部屋に移動した。  新入生に割り当てられた部屋は全部で十室あった。生徒の数は二十人なので、一部屋で二人が生活するものと思われた。河塚エルに割り当てられたのは、105号室だ。  部屋に入ると二段ベッドが目に入った。やはり二人部屋ということらしい。  どちらのベッドを使うかはルームメイトが来てから話し合うことにしようと、河塚エルは荷物の整理を始めた。  しかしもう一人の入居者はなかなか現れなかった。もしかすると今日は欠席だった者が該当者なのかもしれない。そう考えて適当にベッドを選ぼうとしたとき、部屋のドアが静かに開かれた。 「……おう。お前か」現れたのは綾野 和鷹だった。  彼は河塚エルの顔を一瞥し、それから背負ってきた黒い鞄を粗雑に床に置いた。 「ずいぶんと遅かったな」河塚エルが声をかける。「どこで何をしていたんだ?」  綾野 和鷹は何も答えず、暫く鞄の中身をゴソゴソとしていたが、突然何かを思い出したように顔をあげた。「あの後は何を出すつもりだった」  「え?」  突然の言葉に河塚エルが疑問を口にする。 「入学式のレクリエーションの話だ」綾野 和鷹は当然のように続けた。「リュックの女の反則技が仮に成功していた場合、お前の次の手は何だった」  話を振られ、河塚エルは当時の記憶を呼び起こした。 『じゃんじゃんけん』の最終局面。とみんの二枚出しが認められ、彼女が『グー』を出したままにしておいた場合、二人の手札は以下のようになっていたはずだ。  河塚エルの手札『グー, パー, グー+, チョキ+』。  とみんがの手札『グー, チョキ、パー』。 「『グー+』だろうな」河塚エルは答える。「3分の2の確率で勝てる上に仮に負けても致命傷にはならない」 「……なるほどな」  綾野 和鷹は頷くと、鞄を背負い直して二段ベッドの梯子に足をかけた。 「俺は上を使わせてもらうぞ」  そのまま梯子を登り、部屋に静寂が訪れる。 「……なんて勝手な奴だ」  河塚エルはひったくりにあったような気分で、一段目のベッドに横になった。
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