天は人

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「どうした、河塚。採点ミスでもあったか?」  藤山 城の言葉で河塚エルは我に返った。  気づくと他の生徒は教室を後にしていた。今居るのは河塚エルと藤山 城の二人だけだ。 「いえ、結果がショックで……」  河塚エルはすんなりと本音が漏れたことに自分で驚いた。  9位という結果は、彼がこれまで積み上げてきた自尊心を打ち砕くのに十分な威力をもっていた。  今回の試験に向けて、人一倍勉強に時間を割いた自信はある。しかし結果はそれが無意味であったことを示していた。これまで授業を受けてすらいなかった切れ目の男、天宮 聡一郎よりも自分は点数が低かったわけだ。  さらに今回、試験を受けた天組は河塚エルを含めて9名。十位で入学してきた者は受けていないため、「9」という数字が意味するのは河塚エルにとって最下位と同義であった。 「そうか」  藤山 城はズボンのポケットからタバコの箱を取り出し、一本抜いて、火は付けずに指で挟んだ。 「河塚。数字と人間の共通項はなんだと思う?」タバコの先を河塚エルに向けていう。遠目に見ると、それはチョークに見えた。  答えに窮する河塚エルに、彼はニヤリと口角を上げていった。「それはな、複数の顔を持つということだ」 この教師はとても重要なことを自分に教えようとしている。意図は全く読めなかったが、そんな確信めいた考えが河塚エルの背筋を伸ばした。 「そうだな、それじゃあ”9”を頭に思い浮かべてみろ」  果たして狙っているのかいないのか、河塚エルは元々思考を掌握していた数字を今一度意識した。 「思い浮かべたか? そうしたら、なんでもいいから好きな数字を掛け合わせろ。パッと頭に浮かんだものでいいぞ。0以外な」  河塚エルの脳内には「105」が浮かんでいた。浮かんだあとで寮の部屋番号であることに気がついた。  いわれた通りに「9」に掛け合わせる。「945」の数字ができあがった。 「掛けたら、その数字の各位を足してみろ。解が二桁以上の時は、答えが一桁になるまで続けるんだ」  9と4と5の和は18。解が二桁であるため1と8を足す。 「――あ」 「どうだ? 9に戻ったか?」  河塚エルが頷くのを見て、藤山 城が続ける。 「最初に思い浮かべた9と、導き出された9。それはどちらも同じ数字だが、辿ってきた道は違う。これは人間の世界でもよく見られる話だ」咳払いをし、彼はこう締め括った。「いいか? 物事を平面で、ましてや点で捉えるな。立体的な視点を持て。全ての事象は繋がっている」  これ以上の言葉は野暮だというように、彼は指で挟んでいたタバコを口に咥え、ポケットから無造作に取り出したライターを片手にベランダへ向かった。
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