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――四月某日。
河塚家に迎えがやってきた。いかにも高級な黒塗りの車だった。
封筒が届いた直後のこと、河塚家に強面の男が二人やってきた。スーツを着こなした彼等は天馬学園の関係者を名乗り、徐に説明を始めた。
天馬学園は存在を公にしていない。入学の資格を得た者の元に封筒を送り、返信があれば関係者が赴く。そこで大まかな説明と入学の勧誘を行うのだ。
男達の説明によると、入学の資格というのは全国の中学校で一斉に行われる学力テストの結果で決まるらしい。
以前より実施されていた全国一斉学力テストだが、数年前に少し毛色が変わった。
国語・数学・理科・社会・英語。いわゆる五教科を、教科毎に丸一日かけて行うのだ。全部で一週間に及ぶ、中学生にとっては一大行事だ。それぞれの科目には「表問」と「裏問」と呼ばれる二種類の問題が用意されている。「表問」が基礎を問うのに対して、「裏問」は挑戦的な問題が目立つ。学力の向上を図るとともに潜在的な才能を発掘するため、表向きの言い分はこうだった。
そう、表向きは。
実際のところは、このテストが天馬学園の入学試験を兼ねているのだった。
男達が河塚エルに提示した条件は破格だった。全寮制で、授業料をはじめとした全ての費用が無償。また入学と同時に一流企業への就職が約束される。
俄には信じがたい話だったが、男達の話はやけに現実的だった。
当惑する両親は、最終的な判断を息子の河塚エルに任せた。いわゆる天才児と呼ばれる彼に、両親は絶対の信頼を寄せていた。
河塚エルは暫し押し黙り、たった一言だけ問うた。
「俺より上は、いますか?」
二人の男は互いに目を合わせ、それから彼に視線を戻して、揃って口角を上げた。
車窓は黒く塗られ、車内からは外が見えないようになっている。
天馬学園の場所は完全秘匿である。河塚エルは車に乗り込んだ直後から興味本位で脳内地図を描いていたが、一定離れてからは見失った。黒塗りの車は、どうやら敢えて遠回りをしているらしかった。外の音も一切入ってこない。
彼が天馬学園に入学を決めたのは、敢えて一言で表すなら「刺激を求めて」だ。
河塚エルは変化のない生活に退屈を感じ始めていた。天馬学園に行けばなにかが変わる。そんな抽象的な感覚が、彼の首を縦に振らせた。
いつもは大人しい鼓動が、控えめではあるが主張を始めていることを自覚し、河塚エルはゆっくりと瞼を閉じた。
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