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河塚エルは思考する。
この『じゃんじゃんけん』においての初手は、いってしまえば[+]か[N]のどちらを出すかの二択だ。
[+]の概念を除けばただのじゃんけんであるため、どの手を出すかまで考えるのは無駄だろう。相手のことをよく知っている、もしくは心理戦の心得があるとなれば別だろうが、河塚エルはどちらも持ち合わせていなかった。
さて、[+]と[N]のどちらを出すべきかだが、河塚エルは[+]を出す結論に至った。
理由は幾つかある。一つは負けの確率だ。
初手に[+]を出した場合、勝ちが3パターン、引き分けが1パターン、負けが2パターン。
初手に[N]を出した場合、勝ちが2パターン、引き分けが1パターン、負けが3パターン。
『じゃんじゃんけん』の敗北条件は手札が無くなることであるため、一方的に手札が減る負けのパターンは避けたいところだ。となると[+]の方がリスクは小さいといえる。
[+]を選択した場合の最大の懸念点は、[N]に負けることだろう。このとき、自分は[+]を失うどころか相手に奪われることになる。しかしこの点において、初手は最もリスクが小さいと河塚エルは踏んでいた。初手で[+]を奪われたとしても、相手の選択肢は増えないからだ。
最初は全ての手が揃った状態であるため、[+]のカードが増えたところで選択肢は六つのままだ。もっといえば、手札に同じカードがあると選択に迷いが生じることだろう。手札に『グー+』が2枚あれば、常人は早めに一枚消費しようと考えるハズだ。
これらのことを瞬時に考え、河塚エルは[+]のカードを出すと9割方決めた。その後で、対戦相手のとみんについての少ない情報についても考慮してみた。
彼女は、これまでの言動を鑑みるに馬鹿だ。馬鹿の思考は至極単純であるはずだと河塚エルは考える。となれば、彼女は物珍しい[+]のカードに飛びつくと思われた。相手が[+]を出すと仮定した場合、こちらが[N]を出すリスクは高い。勝ちが1パターンなのに対し、負けが2パターンもあるからだ。
以上のことも踏まえ、河塚エルは[+]のカードを出す意思を固めた。
「あたしはコレにします!」
とみんがカードを一枚セットする。河塚エルも後に続いた。
「両者セット完了。オープン」
セットされたカードを、金剛が同時にめくる。
河塚エルのカードは『チョキ+』、とみんのカードは『グー+』だった。
「やったー! 勝ちました!」とみんが万歳する。
金剛は、河塚エルの『チョキ+』を没収し、とみんの『グー+』を返した。
改めて河塚エルは思考する。
初戦を終え、自分の手札からは『チョキ+』が消えた。とみんの手札に変動はない。
負けはしたものの、結果は計算の範囲内だ。
この状況で自分が次に出すべき手はなにか。自分の手札の内訳は『グー, チョキ, パー, グー+, パー+』だ。相手目線に立つと『パー+』を出したい場面だろう。『パー+』を出せば、負けは自分が『チョキ』を出した場合のみとなる。
それなら自分は『チョキ』を出すか。いや、仮に『チョキ』を失った場合、自分は相手の『パー+』に勝つ術を失うことになる。それは避けたいところだ。
となると『パー+』を出すべきか。これなら、相手の『パー+』に対しても引き分けに持ち込める。
思考を固めた河塚エルが、今度は先にカードをセットする。
とみんは頭を右に左にメトロノームのように傾けたあと、「コレにします」とカードをセットした。
「両者セット完了。オープン」
金剛がカードをめくる。
河塚エルのカードは『パー+』、とみんのカードは『グー+』だった。
「負けちゃいましたぁ」
没収される『グー+』を目で追いながら、とみんは悲しそうに呟いた。
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