一.命の舞い

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一.命の舞い

「私達に触らないで!」 「何か私達悪い事でもしたの?」 声なき慟哭が五月の青空に咽び渡る。 淡々と聞こえるのは剪定鋏(せんていばさみ)の音。 その度にひたひたと落ちていく紫の雨。 今日で、全て切り落とされる藤の花の声なき慟哭。 何もしていないのに。 誰も傷つけていないのに。 ただ、ただ、季節が来る度に、生き様を謙虚に()せていた藤の花。 そんな花の命を切り落としていく、私の手はいつしか自分の心を、 少しずつ摘んでいた。 最後には、自分の心も消えてなくなるのではと思った。 ふと、見渡せば、誰もが泣いていた。 心の中で泣いていた。 来年の今頃はきっと……。 この悲しみや苦しみを乗り越えた分、 きっと又、優しさを詰め込んだ大きな花を咲かせることを信じて。 ここ糸登(いと)市にある観光名所の藤棚の紫雨の舞い。 来年はたくさんの人に見てほしい。 そう願って、去年遠く離れていった、 母の顔を私は思い浮かべていた。
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