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「いいだろ? この前はビジネスの場でもあったから敬語許してやったけど、今日は完全にプライベートなんだ」
「で、でも……」
「はい。今から敬語喋ったら罰ゲームな!」
「ば、罰ゲームってどんな?」
「んー。キスする」
「あはは、何それ! 分かった。男の人にキスされても困るし、普通に話すね」
「ああ。そうしてくれ。じゃあ、行くか」
そう言って、伊吹さんはホテルの方へと身体を向ける。
そして、杖を使ってゆっくり歩き出した。
その隣を、僕も同じペースで歩いていく。
「ごめんな。俺、歩くの遅いけど」
歩きながら、伊吹さんがそんなことを言ってくる。
「そんな……謝らないでよ。そもそも……その怪我は……」
「……僕のせいだから、とか言うなよ?」
「……」
うん、とも違う、とも上手く言えずに、無言で俯いてしまう。
そんな僕に、伊吹さんは明るく言うのだった。
「今度そういう顔したら、キス百回な!」
「え、ええ? 増えてる!」
「俺は構わないけど?」
「構うでしょ」
「ははっ。まあ、歩くのに不便なこともあるけどさ、今はこれが自分らしさの一部だなと思って完全に受け入れてるよ」
「……うん」
ーー伊吹さんの怪我は、僕のせい。
そう思わなくなる日が来るかどうかは、分からない。少なくとも、今はまだ……。
それでも、伊吹さんの前で暗い顔ばかりしているのも違う気がする……。
「足元、段差あるから気を付けてね」
「サンキュー」
だからなるべく、笑顔を見せたい。
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