忘却の城

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<忘却の城> 0.忘却 彼女は何かを愛したことがない。 両親、友達、動物、自分でさえも。 彼女は愛したことがなかった。 愛したくても愛せなかった。 なぜなら彼女は、 触れた者の記憶を、忘れてしまうのだから。 1.そのひぐらし 私、神田日和(かんだひより)が忘却の存在になったのは、小学生の時だ。きっかけは遠足。一緒に手を繋いだ子のことを私は忘れてしまったのだ。 次に、担任の先生を忘れ、その次にはおじいちゃんを忘れた。その後私は触れた者の記憶を忘れてしまうということに気が付いたのだ。 忘却の存在になった私は何かを愛することをやめた。例え愛したとしても、その愛しい者に触れられない。 そんなもの愛なんかじゃない。 ただそれは現実から目を背けたいだけ。忘れてしまうのが怖いだけ。そんな風に過ごして気づけば私は高校生になっていた。 「日和~!同じクラスじゃんやったね~!」 「うん。よかった」 「また色々よろしくね~!」 「うん。よろしく。」 彼女は佐々木美玖(ささきみく) 私の中学生の頃からの親友で、私が忘却の存在ということを知る数少ない人物だ。中学生時代環境になじめなかった私を救ってくれたのが美玖だった。 高校生になってもそれは変わらない。同じクラスになれてよかった。 「そういえば、日和は部活どうする~?」 「まだ決めてない。」 「一緒の部活にしようよ~」 「それは別に構わないけど、何部にするの?」 「へへへ~まだ決めてな~い。」 「美玖」 「ごめんごめん~明日から部活見学スタートだから一緒に見て回ろ?」 「いいよ。」 「やった~!じゃあまずはこの学校の名物の…」 「はーい、席につけーーーー。」 美玖が何か言おうとした時、先生が来てしまった。まあ、後で話せばいいか。 そんな感じで高校生活が始まったのだが、この後私は、とんでもない事件に巻き込まれることになる。 忘却の存在を巻き込んだ事件に…。 2.夢幻の儚さ 「ごめん日和~頭髪検査に引っ掛かちゃって、今日一緒に帰れない~!」 「まあ、その髪色じゃね…。」 美玖の髪色は、見事なまでの銀…いや限りない白に近い銀髪。これは美玖が幼い頃重い病気にかかった際の後遺症、つまり地毛。 中学の時も注意されていたから、また事情を話さなければいけないようだった。 「もぉ~何度言ってもこうなる~。黒染めしてもすぐ落ちるから無駄なのに~!」 「中学の時も何とかなったから大丈夫だよ、交渉頑張ってきて。」 「う~ありがと~、いってくるね~」 美玖を見送った私は教室を出て学校の屋上へ向かった。この高校も屋上が出入り自由でよかった。 昔から景色を眺めるのが好きな私は、一人になるとよく建物の屋上に行っている。最近は美玖といるから行ってないけど、美玖と別のときはよくする日課みたいな物。 屋上についた私は、まずは人がいないことを確認した。誰かがいると気が散って景色をよく見れないからだ。ありがたいことに屋上に人はいなかった。 高校の屋上からは、たくさんのものが見えた。元々、高校が高台にあるから余計に景色を見渡せた。海、山、空。 高校の屋上の景色は、今まで見てきた景色の中で一番綺麗だった。この高校は単純に美玖が通うというだけで入学を決めたが、今初めてここに来てよかったと思えた。 どうして私が景色を見るのが好きになったのか。その答えは簡単。景色は「触れられないからだ」忘却の存在の私は触れた者の記憶を忘れてしまう。 だけど、景色に触れることは不可能だから、私の忘却の力が否定されるようで気持ちがよかった。だから私は景色を見る。 そろそろ帰ろうかな。と思い私は屋上を出ようとした。その時、 「いやー、ここからの景色はすばらしい!目の前にはアンダーザシーーーー!!!!」 「きゃあ!!!」 突然上のほうから奇声ともいえる声が聞こえてきて、私は驚き叫んでしまった。 声がした方を見ると、塀の上のスペースに一人の男子生徒が立っていた。 「景色は一度見たら忘れられないから実によい!!そうとは思わないか、そこのクールガール!!」 「え?あ、あの大丈夫ですか…?あなたは一体…?」 「そうか!そうか!そうだよな!さすがはクールガールだ!」 「あの!話聞いてますか!?」 「おっとすまない。つい感情が高ぶってしまった!俺は二年の神宮寺翔!よろしくな!!」 この神宮寺翔という先輩に出会ってしまったせいで私の高校生活はとんでもない方向へと進むことになる。 それは、良い意味でも、悪い意味でも。 奇妙で不思議な高校生活はまだ始まったばかりだ。 3.朧 (触っておけばよかった…。) あの神宮寺翔という人、この学校の二年生みたいだが相当の変人だ。関わりを持ったら大変なことになると私の第六感がそう感じている。 あまり忘却の力は使いたくないけど、あの人には使ってもいいんじゃないかと思ってしまう。今までだってそうしてきた。 私はカバンの中から一冊のノートを取り出した。表紙には「忘却ノート」と書かれている。これは私が過去に忘れてしまった人の名前が記録されている。 今まで沢山の人達を忘れてしまった。一度忘れると、その人の名前、出会い、思い出。本当に全てを忘れてしまう。忘れたくなかった人もたくさん忘れてきた。 そんな時私の元に現れたのがこのノートだった。きっかけは一人の幼馴染で…。 「おいおい!ひどいではないか!」 「きゃあ!」 「せっかく知り合ったんだ、共に帰ろう!既に日も沈み始めているしな!」 気が付くとすぐ横には神宮寺先輩がいた。屋上から逃げるように帰った私を追ってきたのだろうか 「結構です。」 そう言って私は小走りで歩き始める。そしてなぜか神宮寺翔はついてくる。 「どうしてついてくるんですか。」 「俺も帰り道がこっち方面でな。」 「あ、じゃあ私あっち方面なのでさよなら。」 「奇遇だな俺もあっちだ。」 「あーもう私に何か用でもあるんですか!?」 「お、よくわかったな。」 「じゃあさっさと話してください。」 「さすがクールガール。話が早くて助かる。」 「帰ります。」 「冗談だ。単刀直入に言おう。君の力を借りたい。」 「え?」 その言葉に私は怯んでしまった。まさかこの人は私の力のことを知っている?そんなわけない。だってさっきお互い初めましてなのだから。 さっきノートを確認したけど先輩の名前はなかった。つまり私たちは初対面で間違いない。私は戸惑いながらも言葉を返す。 「私の力?」 「ああ、新入生である君の力が必要だ。」 「力ってそういうことですか…。」 「うん?ほかにあるのか?」 「いえ、こっちの話です。でもなんで私なんですか?もっと他に新入生はいますよね?」 少し怪しみながら、私は問いかける。普通に考えたらそうだ。私以外の生徒は山ほどいる。ましてや友達は美玖以外いなくて影が薄い私だ。頼む理由が見当たらない。 「いやそれは少しばかり訳があってだな…。」 「訳を聞くまで、私は力貸しませんよ?」 訳を話すのを渋る先輩に対して私は強気に出ている。私にわざわざ頼む理由を聞くまでは頼みを聞く気はない。 「分かった。訳を話そう…。」 強気に出た私を見て、先輩はどうやら折れたらしい。 「教えてください。どうして私なんですか?」 「俺が今日初めて会った新入生が君だったのさ!」 「は?」 この人は何を言っているのだろうか。私が今日出会った一人目の新入生?それだけの理由なの?馬鹿馬鹿しすぎて言葉が出てこない。 「いやー恥ずかしい限りなのだが、新学期初日ということで張り切りすぎてな。誰よりも早く登校して屋上のスペースで黄昏ていたら眠ってしまい、 新入生に会えなかったというわけだ…。そんなところにクールガールが現れたと。まあ、そういうわけだ!」 「…。」 「とゆうことで、力を貸してくれ!肝心の内容についてなんだが…。」 「私はクールガールじゃなくて神田日和です覚えておいてください神宮寺先輩。まあ私はあなたのこと忘れますけど。」 そう言って私は先輩の腕に触れた。忘却の力、使うのは久しぶりだ。こんな意味不明であほな人は忘れてしまおう。そして早く帰ろう。さよなら先輩。 「どうした?腕なんかつかんで?クールガ…いや、ミス・日和」 「どうしたも何もそんなくだらない理由で普通頼みます!?ああもう!わかったので早く内容を教えてください!神宮寺…」 あれ?おかしい…。どうして私は先輩のことを覚えているの?確かに先輩には触れたはずなのに…。 「ちょ!ミス・日和まってくれ!」 先輩の静止を聞かずに私は一目散に走りだした。 (どうしてどうしてどうしてどうして!!!) こんなこと今までなかった。触れた者は絶対に忘れる。それが呪いともいえる忘却の力だった。なのにどうして…。 (もしかして忘却の力がなくなったの?) そうとなれば、大勝利だ。こんな力、本当はいらない。確かに便利な時は便利で、故意に使ったこともある。だけどそれ以上に事故で大切なことを忘れるほうが嫌だ。 (確かめなきゃ…。) 家に着いた私は、時計の前に立った。私が生まれる前からこの家にある古時計だ。私の忘却の力の対象は人だけじゃない。時を刻むもの。つまり時計も対象だ。 ただ、時計を忘れるわけではない。時計を触ることで私が忘れるのは一日。その日の出来事を忘れることができる。普段は時計を触ることなんてしない。 一日の出来事を忘れるなんてリスクが大きすぎる。だけど忘却の力がなくなったことを確認するにはこれしか方法がなかった。私は数年ぶりに時計を触るんだ。 私はそっと時計に触れ、目を閉じた。これで私が今日のことを覚えていたら、力がなくなったといえるだろう。 なくなっているはずだ。先輩に触れても忘れなかったのだから。 私は目を開け、時計に触れた手をおろす。 「ああ、また触ったんだ…。」 時計の前に立つ私はそうつぶやいた。
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