あなたのくれる花

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 その時はいつものチャラ男の晴樹だと思ったんだけど。  あの家の前に、救急車が停まった時。たまたま買い物帰りで二人、それに遭遇した。担架に乗せられてたのは、ご高齢の女性だった。泣きながら現れた女の子は、晴樹に気付いたら「晴樹さん」と両手を伸ばして駆け寄ってきた。状況からするに、かなりの緊急事態。気が動転して、私の事も目に入っていなかったのだろう。晴樹は妙に冷静に、「森嶋さん、落ち着いて」と抱きつかれる前に、女の子の両肩を掴んで阻止してた。  ただの営業先の事務の子が、「晴樹さん」なんて名前で呼ぶなんておかしい。晴樹も前に喋ってたときは「マコちゃん」て言ってたのに、突然の「森嶋さん」。  もう、決定的だと思った。でも、晴樹はなにも変わらず喋る。あの時緊急搬送された女性はお亡くなりになって、彼女は一人になったと。  知らない。聞きたくない。晴樹からたまに香る嫌な匂いも知りたくない。  誰かに相談したくても、認めたくなくて誰にも言えず、マンションを飛び出した。私が出て行ってしまったら、浮気相手の思う壺かもしれない。でも離れたかった。  晴樹がマンションのキーをあの子に渡すかもしれないと、近くに住むお義姉さんにスペアキーを預けた。 「母の具合いが悪くて」  苦し紛れの嘘を疑われるかと思ったけど、置いてゆく夫を心配しての行為だと、素直に思ってくれた。  あの家の人たちは、良くも悪くも深く物事を考えない。唯一鋭そうなのは、大学生の息子の睦君くらい。
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