ハナガタミ②

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 (なごみ)が沙羅を意識したのは中学生の頃だった。  当時のクラスメイト達と集まって出向いた花火大会で、多少話す機会があったのだ。その時、的屋の景品でもらった玩具の指輪を冗談半分で沙羅の指につけてあげた。  ピンク花飾りがついたプラスチックの安っぽい指輪。  サイズはもちろん合ってないし、細くて長い指には不釣り合いな代物だ。  それなのに彼女は指輪を通した薬指を見て、心底嬉しそうに微笑んだのだ。  その笑顔がとても可愛らしかった事を今でもよく覚えている。  もしかして彼女は俺の事を好きなんじゃないか。  そんな予感を抱いたのはその時からだ。けれど今まで接してきた女の子達と違って、彼女は必要最低限でしか和に関わっては来なかった。少し離れた所からさり気なくこちらを見つめて来る。  そんなに見つめるなら近くに来ればいいのに。  (なごみ)は彼女と近くで話してみたかったが、どうしても自分から傍に行くことが出来なかった。昔から来る者を拒まず、去る者を追わないで生きてきたせいか、自分から関係を持とうとすることが出来なかった。苦手意識すらある。  好かれている自信はあるのに、離れて行かれたらと思うと怖かった。  だから酒の力を借りたあの恰好悪くて最低な告白劇は、(なごみ)の人生初の試みであったし、何よりなけなしの勇気を総動員したものでもあった。忘れられてしまった事だけが誤算であったのだけど。  結婚を意識したのは最近のことだ。  部屋でだらだらしている時、偶然彼女の小物入れをひっくり返してしまった事があった。女性らしいくも派手すぎないシルバーのアクセサリーに交じって転がり出てきたのは、すっかり劣化してしまったあのプラスチックの指輪だった。  何気なく指にはめてみて、大人の男の指でも隙間のできるそれが、記憶よりもお粗末な造りをしている事に今更ながら呆れてしまう。  こんなの大事に取っておいたの。もう何年も前の事なのに。  思えば自分が彼女に何かを贈ったのは、あの時が最初で最後だった。  こんな指輪であんなに可愛く笑うんだ。  もし、ちゃんとした指輪を贈れたら、どれだけ綺麗に微笑むだろう。  そんな考えがずっと頭を離れないでいる。 「いや、なら他にやる事あるだろうがよ」  テーブルに突っ伏した丸い頭を一条がはたく。追撃とばかりに男共も(なごみ)の後頭部を狙い始めた。 「まずは就職だよな。駅前のデザイン事務所募集してなかった?」 「キッチリ働いて給料3か月分貯めて指輪買え」 「今までのクソ加減は、顔とギャップで誤魔化せば何とかなりますよ」  べちべちと頭を叩きながらも、仲間たちなりの励ましが掛けられる。遠慮なく辛辣な事も言うが、仲間たちはそれなりに彼の事を心配していた。落ち着くところに落ち着いてくれるなら、それは良い事だ。あと今まで貸した飲み代もそろそろ返して欲しい所だった。 「さんざん優しく甘やかして貰ったんだから、せめて誠意を返せよ」 「……シノちゃん」  鼻をすすりながら(なごみ)が顔を上げる。  その顔はすぐに青くなった。 「頭揺れて吐きそう」 「こいつ本当締まらねえな」  ある冬の、夜の出来事だった。
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