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ハナガタミ①
規則的なバイブレーションの音で目を覚ました。
寝ぼけ眼を薄く開いて、手探りで頭上にあるはずのスマートフォンを取る。画面を指先でちょいとつついてアラームを止めた。
体を起こせば下着以外は取り払ってしまった下半身が目にはいる。私の倦怠感の残る身体は乱れたシーツのダブルベッドの上。
けれど、共寝していた者の姿はない。
待受画面の中で柔らかに微笑む男を恨めしげに見た。
茶色い猫っ毛の色白の男。すっと通った鼻筋と、薄い唇。弧を描くように細められたアーモンド型の目がこちらを見つめている。
小さくため息をついた。
遮光カーテンの隙間から差し込む日の光は5月らしく暖かいが、余計にむなしさを募らせる。
私と和は幼稚園の頃からの腐れ縁だ。
かといってフィクションにありがちな仲睦まじい関係かというと、そうではない。
私達の住んでる町のコミュニティは狭く、ご近所さんの子どもはもれなく皆幼馴染だ。町から出ない事を選んだのなら尚更の事。
幼稚園の頃からずっと、和のつるむ相手というのは決まっていたし、なんならその中には女の子もいたと思う。ただの友達じゃなくて、でも恋人でもない。不思議な距離感を持っている彼の特別。
嫉妬しなかったと言えば嘘になるが、その時の私は彼とは何でもなかったので当然何も言えない。
いつも少し離れた所で無駄に整った和の横顔を熱心に見つめるのが私の密かな楽しみだったのだ。
そんな私が何をどうやって彼と"こんな間柄"になったかというと、今思い出しても頭を抱えたい事に記憶がない。
正確には同窓会でしこたま飲んだ日の朝。目を覚ましたら、隣に彼が寝ていたのだ。
けれども私には彼と話した記憶もなければ家にあげた記憶もない。それどころかどうやって帰ってきたかも、ちゃんとお会計をしたかも定かではなかった。
叫び声を聞いて起きた和によると、"運んできたは良いものの、自分は今帰るところがないからベッドを半分借りた"という事らしい。
何でも面倒をみてくれてた女性に二股がばれて、修羅場になった挙げ句、そのどちらからも振られてしまったのだとか。女性達の捨て台詞は声を揃えての「この顔だけ野郎!」だ。あたり前だと思う。
その後で「誓って何もしてないよ」と念を押されたが、結局こうなってしまっては元の阿弥陀であるといえよう。
何せこの男、異様におねだりが上手いのだ。
眉尻を下げて「駄目かな?」といわれると、つい何でも許してしまう。目の前にいる男が金遣いも女遊びも激しい、無職のヒモ野郎である事は十二分に知っているはずなのに。
その結果シングルだったベッドをダブルに買い換えることになったし、押し入れの半分は和の私有地になっているし、なし崩しのようにセックスもするようになった。合鍵も奴の手の中だ。
一連の流れを友人に話せば何とも哀れみに満ちた目で肩を叩かれたのは記憶に新しい。
これが惚れた弱味なんだろうな。
美しい顔を持つ甘え上手な彼が、相手に不自由しないことは知っていた。根っからの遊び人であるということも承知していた。
気まぐれな猫のようなものだ。
1つの所に固執しない。居心地が悪くなったら次の場所を探すだけ。
それでも構わないと思ってしまう。
少しで長く居て貰うために出来るだけ居心地の良い場所を用意しようと思う私は、やはり都合の良い女でしかないのだろう。
ここ3ヶ月、彼はあまり家に寄り付かなくなっていた。
毎日帰っては来るのだが、夜遅くに帰って来ては朝早くに出て行く。タイミングが合えば食事を共したりセックスする事もあったが、それでも終日ほとんど家にいた以前に比べれば頻度は少ない。
「他に女でも出来たんかな」
ぐさり、と自分の言葉に自分で傷ついた。
仕方のないことなのに。なんたって"好き"とかそういうのは本当にどうしようもないのだ。
私は半ば諦めの境地に立たされていた。
「あー、やめよ」
気分がクサクサする。と思考を打ち止める。
折角の日曜日に鬱々とした気分を持ち込みたくない。そう考えたところで早速「あいつは日曜日にどこに行ったのか」という疑問が浮かんできて頭を抱える。
よし、お出かけしよう。どっか行こう。
気がつくと和のことを考えてしまう頭を無理矢理切り替えながら、私はようやく思い腰を上げた。
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