エクストラ

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ー10年前ー その日の空は曇り曇ったネズミ色の気の乗らないものだった こじんまりと小さく、(さび)れたバス停のベンチに黒髪の少女が一人座っていた 水玉模様の可愛い傘も横に立て掛けてある 「……」 彼女は暫く何もせず、ただ前方の一点をぼーっと見つめるだけだった 表情はずっと冷めたように浮かない顔をしている その何も写らないがらんどうの瞳から徐々にじわりと涙が(にじ)んでくる そのまま溢れ出した物が地面にしたしたとこぼれ落ちた そんな彼女の隣で新聞を読む男が静寂を破ったのだ 「ふむ…人は少子高齢化の一途(いっと)辿(たど)る、か…そりゃ大変だ、うん。あと数年もしたら生きた化石なんて言われる可能性もあるな…そうは思わないか?お嬢ちゃん」 「ギャッ!」 いきなり現れた男に度肝を抜かれるほど驚く彼女 それもそのはず 先程まで周りには誰もいなかったのだから そう、ずっと一人だったはずなのに 突如、男が現れたのだ 「な、何!?誰!?どうしていきなり!お巡りさん!」 「お巡りさんはよそう…僕が非常に困る」 少女は警戒して男から少しずつ距離を取った 「君こそどうした?膝も擦りむいてるし、こんな所で一人泣いてるなんて危険だ。そうだろ?」 「べっ、別に泣いてなんかない!」 少女はすぐに両手で涙を拭った 「ああ、泣いてなかったか…悪い、見間違いだったな」 「………」 「しかし、一人でいたら魔物や、動物に襲われるかもしれない。それに近頃、小さな子供が好きな不審者(ロリコン)も増えてきていると新聞に書いてあった。少子化問題で希少価値も上がってるみたいだしな。近づいてくる男性には特に注意すべきだ」 「………」 少女は目を細めて男を見つめる 「いやいやいや、僕は違う…おい、そんな目で見るな…心外だなまったく…」 彼女は警戒を続けた 外は雨が降り始める 激しく叩けきつけるようなひどい雨だった 「あらら…降ってきたな。暫くここで雨宿りだ…君は帰らなくてもいいのか?」 「………帰りたくない…」 「ほぅ…どうして?もうこんな時間だ。君の帰りをご両親が心配して待ってるんじゃないのか?」 「お父さんは前に出ていったきり家には戻らないし…お母さんは………そこからずっと忙しそうだし、どこか元気もない……………」 少女は再び泣き始めた もう泣く事を隠そうともしなかった 「今日はお母さんに怒られて……喧嘩になって…それで……」 「それで嫌になって出てきたと…?」 少女は頷いた 「私…お母さんに嫌われちゃったかもしれない…どうしよう…どうしよう……うぇへぇぇぇん…」 少女の涙は止まらなかった eb6795cc-3303-469d-bd34-5a9fc569882b 【大泣き】 ふむ… これをやったら犯罪なんだが… 人外だし、別にお(とが)めないよな 男は黒魔術を発動させた 「盗冊(メモリアウト)」… 人の記憶を盗み見る、犯罪スキル 「いやいや、甘いね…お母さんが簡単に君の事を嫌うはずがないだろ?…君の事が大切で大切で仕方がないくらい君の事を大事に思ってるんだから……大丈夫。いいお母さんだ」 「どうして…そんな事が…」 「君のその服…数日前まで第三ボタンがとれていただろう?」 「えっ…そうだったかな…」 「ああ、そうとも。それって君のお気に入りの服なんだろ?」 「……うん」 「君の好きなおやつのクッキーや、朝、昼、晩のご飯だって…どれもすぐに作れる代物(しろもの)じゃあない…」 「ちょっと待って、そんな事…なんであなたに…」 「わかるんだよ。食べたろ?昨日の3時にクッキー」 少女は頷いた 「じゃ、じゃあ……晩ご飯は?」 「君の大好きなハンバーグだ…こりゃまた美味そうだったな…」 少女は驚きで目を見開いた 「どれも君の喜ぶ顔を見たくてやっている事だ。君のお母さんはそうとう親バカらしいな…」 「……そう…なのかな…」 少女は嬉しそうに微笑んだ やっと笑ったか… 「なんだ…笑えるじゃないか。泣き顔よりも、そっちの方がずっといいんじゃないか?」 「っ…泣いてないってば!」 まだ言うか…この子は まったく強情だ 「ああ、そうだったな…見間違いだ」 雨はまだ降り続いた 雨音とカエルの鳴き声が響く ついてないな… 喜んでいるのは両生類くらいか… 「さっきのは何?どうして色々知って…ひょっとしてストーカーなの?」 「んなわけねーだろ…それはだな、黒魔術のおかげだ」 それを聞いて彼女は身を引いた 「く、黒魔術…窃盗や人殺しに使われる、あの…闇の力…あなた、禁術使いだったの?」 「ああ…小さいのによく知ってるんだな…そう…僕は人間じゃない。まぁ、身体の造りや構造は人と同じ…でも魔術はケタ違いだ。人間が闇落ちしてパワーアップした存在…そうだな…魔王と言ったところか」 「ま、魔王……警察!お巡りさっ…」 魔王は少女を捕まえて、片手で少女の口を塞いだ 「言ったろ?お巡りさんは困るんだって…君の記憶を見た事は謝る。確かに犯罪行為だ。でも黒魔術はこういった事にも使えるんだぜ?」 魔王はもう片方の手で少女の擦りむいた膝を覆った そこから紫の光が発生する 黒魔術は破壊の力 「やっ…嫌っ!」 「大丈夫、大丈夫…ほら」 「あっ…」 膝を見ると擦り傷は跡形もなく消えていた 「治癒能力…黒魔術にこんな力があったなんて…」 「な?悪くないだろ?」 「と、とにかく離して!」 「ああ、悪い悪い」 彼は少女を離してやった 「魔王は人を襲うし、奪うし、変態だと聞いた」 誰だ…そんな事言ったの 「それはデマだ…全てが全てそうであるとは限らないだろ?最後の変態という部分には悪意すら感じる」 「あなたは違うの?」 「ああ、向かってくる者に対してはコテンパンにしたり、潰したりはするだろうけど…それ以外には何もしないし、危害を加えるつもりもない」 「私にも?」 「ああ、もちろんだ。弱いものイジメは特に嫌いだしな。"僕は強い者にしか興味はない。"これは本当だ。ましては変態とも違う。これは間違いない」 「…そっか」 雨は小ぶりになってきた これなら許容範囲 長居し過ぎたし、そろそろ行くかな 「お嬢ちゃん…僕はもう行くけど…君も早く帰ってお母さんと仲直りするべきだ…きっとうまく行く。おじさんが保証する」 そう言って優しい笑みを見せた魔王はバス停の外に出た 「待って!」 少女は魔王を呼び止めた 「ん?」 「その……はいっ!」 少女は水玉模様の小さな傘を押し付けてきた 「……これは?」 「傘だよ!濡れちゃうでしょ?ここら辺の雨は酸性雨だから、あたったらハゲちゃうよ?これ以上ハゲるとまずいでしょ?」 これ以上って… 「おいおい!僕はまだフサフサだろ?余計なお世話だっての!」 それを聞いて少女は面白おかしそうに笑った 「と、とにかく!お礼だよ!お・れ・い!あ、ありがと。魔王さん…////じゃあね!」 少女は恥ずかしそうに答えて走って行った ふーん…普通にいい子だな… 「…ハゲるって言っておきながら、自分は大丈夫なのか?ハハハ………よっと」 貰った傘を開いてみる 「こいつぁいい…ギャップ萌でも狙ってみるか…」 大人には大きさもデザインも不釣り合な傘だ それを指しながらゆっくりと道を歩いた この時からすでに運命の歯車は動き始める 二人の進む道は違えど、必ずまたどこかで交差する きっとまたどこかで
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