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三
野口は呆気にとられた様子で瞬きをした。
「初めて?」
「親父が転勤族だったのと、あとまあ、家庭の事情ってやつもあって。小学校は二年まで名古屋で、その後山口に移って、四年で一度名古屋に戻ったんだけど、六年に上がる前に横浜に転校になってさ。そこで中学に上がったと思ったらまた転勤があって、中二で京都に来た」
野口は人差し指を立て、日本地図を辿る様子で動かした。
「中二までで四回転校か。すげえな。転校した話は聞いてたけど、そこまでとは思わなかった。上ノ京高校の印象が強かったから」
「だろ?」
安人は苦笑する。
「それで高校受験やって上ノ京高校に入学はしたんだけど、そこも三年に上がる時に静岡に移ることになってさ。で、大学合格してまたこっちに来た」
「で、夏前にはアメリカか」
「ああ」
野口はちょっと天を仰ぐ。
「コスモポリタンだ」
「今までんとこ国内だけどな」
安人は笑った。
「陸上部とか天文部とか、まあ部活も何かしらやってたんだけど――何せそんな状態だったから、同級生も部員も、同じ面子で最後までやれたことが結局一度もなくてさ」
「そうか」
野口は真面目な声で相槌を打つ。安人はそれでふと我に返り、顔を上げて視線を同期の友人に向けた。
「飲んでもねえのに、何かべらべら喋ってんな、俺。でもまあ最後だし、居合わせたのが不運だと思って喋らせといてくれるか」
野口は口元を緩める。紙袋を地面に置き、軽く腕を組んだ。
「いや、面白いぜ? 大体お前、人の話はすげー親身に聞くけど、あんまり自分の話しなかったじゃん。中々に貴重な機会」
「そうだったかな」
「ああ。ちょっとミステリアスなとこがあった。それに、最後とか言うなよ。淋しいじゃねーか」
「はは……。悪い」
安人は苦笑する。卒業証書をまた元のようにくるくると丸め、筒に戻した。小さく息を吐き出し、また春の光を弾く疏水の水面に目を向ける。緩い流れを、鴨がのんびりと往来している。
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