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「だから大学で陸上部四回(四年)までやりきって、俺、結構感動したんだよ。同期がいて先輩がいて後輩がいてさ、先輩を送って、後輩を迎えて育てて、同期と競い合ってバカもやって、去年はああだった、あン時こうだったって、来年こうしようぜって―――。自分がそんな中にいるのがすげー新鮮で、何かこう……変な言い方だけど、有難くてさ」  ふとこみ上げてくるものがあって、安人はそこで口をつぐんだ。ポン、と不意に野口が軽く手を打ち合わせる。 「あー、それでちょっと納得した」 「何?」 「年末の追いコンの時さ、お前スピーチ途中で詰まって、そのまま話切ってマイク次に回したじゃん。チュウリのそういうとこ見るのってなかなか珍しいよなって後で言ってたんだよ」 「あれはかっこ悪かったな」 「いや、いンじゃね? あのチュウリさんがって下のやつらみんなもらい泣きしてたし。松井なんかもう号泣」 「泣いてたなあ。こっちの涙が引っ込む勢いで」  二年下の後輩の顔を思い浮かべ、安人は苦笑する。  あのチュウリさんが。  そうかもしれない。安人はどこかその場に没入しきれないところがあって、あんな大勢の前で感情の揺れを見せたことは恐らくなかった。  追いコンの後は誘い合って飲みに行き、その場は明るく盛り上がったものの、下宿に戻ってから安人はまた一人で泣いた。実質引退試合だったインカレの後でさえ、達成感こそあっても泣きはしなかった。なのにいよいよ部を去るとなったあの日にとめどなくあふれ出た、あの涙は何だったのだろう。  ああ終わったんだ、やりきったんだと―――。  ひどく幸福な涙だったように思う。  ほんの三ヶ月前のことなのに、もう今となっては懐かしい。
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