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「陸上四年やりきって、そンでいよいよ卒業じゃん」  一つ息をついて、安人は続けた。 「単位もとっくに揃えて、論文も出して、口頭試問も問題なくて、アメリカの大学院から合格通知も来てさ。どうやったって、嫌だっつってももう卒業するしかないだろ」 「まあ、そうだな」 「だろ? なのにさ、何かあるんじゃないかって―――何かが起こって、結局俺ここも最後までいられないんじゃないかって、本当にもう自分でも意味が判んないんだけどさ、卒業式の日が近づくにつれて緊張してきて、実をいうとここ数日全然寝れなくてさ」  夜が―――一日が途方もなく長かった。何度カレンダーを眺め、残りの日を数えただろう。耐えられずに深夜に外を歩いたこともあった。 「俺さ、ずっと、自分は根無し草だと思ってたんだよ。それを辛いと思ったこともなかった。やりたいこともあったから、どこでも行けるんだし身軽でいいやぐらいの気持ちでやってきたし、本当に卒業出来なかったとしても、別に、そン時はそン時じゃん。今までずっとそうだったんだし、別にいいだろって頭では思ってるのに、緊張して夜も眠れないって、ホント訳判んなくてさ」  ここでまた駄目だったら――― 「チュウリさあ」  しばらく黙って聞いていた野口が、やや呆れた口調で言った。 「お前、電話なりメールなりしてこいよ、そういう時。俺じゃなくてもいいけど、いンだろ誰か。だから自分の話しなかったなっつってんじゃん。俺に電話してきてくれたら、そうだな、一晩京都の町ン中並んで走ってやっからさ。気がついたら後ろに変なもんも付いて走ってそうだけど」  戯けた合いの手に、ようやく安人は笑う余裕を取り戻した。 「百鬼夜行かよ。絶対お前には電話しねえよ」 「いいぜー走ってると。頭カラになって」 「陸上部員としてそこは同意するけど、俺の種目は二百までだって」 「ま、お前の走りは種目違いの俺から見ても気持ちよかったな。駆けっこ好きのガキがそのまま大きくなって、ゴール行くぜー!って感じ。あんまり勝ち負け気にしてる風もなかったし、こいつ多分単純に走るの好きなんだなーと一回(一年)の時から思って見てた」 「いきなり褒めるなよ」  反応に困るだろうと、安人は苦笑する。 「レースになると強いやついるじゃん。でもお前そういうタイプじゃなかったよな」 「競争心っつーか、闘争心が足りないとは何度か言われた」 「それすげー判る」  野口は笑った。安人も笑ったが、「でもさ」と言葉を継いだ。 「そもそも中学で陸上選んだの、走るのが好きなガキだったからっつーよりも、いや、勿論嫌いじゃなかったけど、どこ行ってもこれなら一人でやれると思ったからだったんだよな」
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