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 野口は少し首を傾げる。 「ああ、チームプレイじゃないってことか」 「まあそれもあるけど……。何つーか、普遍じゃん。陸上って。アメリカで走ったってドイツで走ったって同じ百メートルで、同じ世界記録で、レースの時他に誰が走ってたとか、どんなチームに所属してるとか、一年だからとか三年だからとか大した問題じゃねーじゃん。  そういう場でなら、俺でもやってけるかなと思ったんだよ。それが元々の動機だから、横のヤツに競争心持てって言われても今ひとつピンとこなくて」 「そんな理由で陸上選んだってやつ初めて見た。お前らしいけど」 「だけどさ、その割には同じメンバーで四年やれたって、こんなに感動してンだから、おかしな話だよな」  自分の心など、その時になってみないと案外判らないものだ。この頃、そんなことを良く思う。  安人は、梢を仰いだ。わずかな花のみを付けた桜の木の枝の隙間から、霞んだ水色の空が覗いている。 「入学した学校卒業するのが二十二歳で初めてだなんてヤツ、そうそういないだろ。だから普通に考えたら本当に下らないことなんだろうけど、俺さ、胸張ってここの出身だって言える場所が初めて出来たんだよ。二十二歳でようやく。  あと一ヶ月、あと一週間、あと一時間、もうどう考えたって卒業出来ないなんてあり得ないと頭で判ってても、式典終わるまではどうしても安心出来なかった。式典が終わって、やっと本当に卒業したんだと思った。母校が出来たんだって。卒業式でこんなバカな感慨にふけってるの、多分学内でも俺ぐらいだろうな」  吐き出す息が、少し震えた。安人は目を閉じる。幸いにというか、涙は出なかった。
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