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八
完全に虚を突かれた思いで、安人は黙ったまましばらく友人を見つめた。困ったやつだとでも言うように、友人は苦笑している。
「……そっか」
数秒の沈黙の後、安人はぽつりと呟き、遊歩道沿いの桜に目を向けた。
この桜だって、自分の意志でここに根を張ったわけではないだろう。それでもちゃんと踏み耐えて、毎年見事に花を咲かせる。
まして自分で選んだ場所なら―――
「そっか。根っこあったんだ。俺にも」
「根のない草なんかねーよ。あってもそんなの育たねーよ。一般的には」
「さすが生物科学専攻」
そこで「一般的には」と付け加えずにいられないところがつくづく「らしい」と思ったのだが、野口は今度はゲンコツを作り、軽く安人の頭を小突いた。
「それは理学部。俺は農学部の応用生命科学科だっつってんだろ。そこはどうも覚えねーなお前」
「すまんすまん」
別にこれっぽっちも痛くはなかったのだが、安人は小突かれた場所をさすりながら謝った。
安人は理学部の宇宙物理学専攻なので、つい同じ学部内で見慣れている「生物科学」という名称が出てしまう。ただそういう野口の方も、安人が何度、宇宙物理学科の人間は「基本的には」宇宙には行かないのだと言っても、どうも宇宙飛行士のイメージが拭えないらしいのだが。大体、さすがに宇宙のどこに根を張れというのだ。
まあ、いいけどな。と安人は内心苦笑する。
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