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九
野口は安人から離れ、柵にもたれさせていた紙袋を再び手に取った。
「あんま寝てねえなら、うち来て仮眠とってく? どうせ謝恩会の後、下手すりゃ飲みに行って完徹になンじゃねえの」
軽い口調だった。
「いや」
安人は立ち上がる。
「俺も一度帰るかな」
「そっか。ま、あと一回ぐらいは部の連中で飲もうぜ。お前、実家って金沢だっけ。まだもうちょっとこっちにいンだろ。」
「まだっつーか、アメリカ行くまでほぼこっちにいる。図書館使いたいし、ラボに顔も出したいしさ」
野口は破顔する。
「何だ。最後でも何でもないんじゃん」
「だな。大体金沢も今親が住んでるってだけで、別に地元ってわけでもねえんだ、実は。まあ、またメールするよ」
「よろしく」
野口は言って踵を返す。その背に、安人は声を掛けた。
「サンキュ」
野口は振り返りざま、口元に手を当てて言った。
「卒業、おめでとう」
安人も手を上げる。
「お互いにな」
手を振り返し、野口は背を向ける。黒いスーツのその背を、安人はちょっと感慨と共に見つめてから、感謝の意を込めてもう一度小さく手を上げた。それから紙袋を手に歩き出す。
口元に自然に笑みが浮かんだ。
卒業、おめでとう。
春風が吹き抜けていった。
【了】
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