【本編 第一部】 00. さんざんな前世

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【本編 第一部】 00. さんざんな前世

 ※ 残酷な描写に注意。  この世界は、オメガにとって残酷だ。  貴族に生まれたとしても、オメガの地位は低い。発情期のせいで日常生活もままならない期間が来るせいだ。  そんな中、僕――ディルはそれなりに恵まれた境遇で育った。  家臣の中で最も勢いのある侯爵家に生まれ、姫がいないため、王太子の婚約者におさまった。  僕は王太子アルフレッドを愛していた。  王太子は燃えるような赤い髪を持ち、金の眼差しは力強い。まるで物語にえがかれる古代の英雄のようにまぶしい存在だ。  能力が低いとさげすまれようと、僕は王太子の力になりたくて、必死に努力した。  しかし、結婚式を半年後にひかえたその日、王太子は冷たい目をして言い放った。 「貴様との婚約は破棄する! その忌々しい番契約もだ」  寝耳に水だった。  寝食をおしまず勉学にはげみ、結婚前だというのに寝所にやって来る王太子のせいで、睡眠もおろそかでふらふらしていたから、理解するのに時間がかかった。  彼の隣には、金髪金目の愛らしい少年が寄り添っている。  彼が原因だと直感したが、僕は受け入れられなかった。 「どうしてですか、殿下。婚約を破棄するおつもりなんて……!」  この婚約は、政略結婚だ。  たとえ王太子だろうと、王の意向を無視しては、どんな目にあうか分からない。  僕はことを丸く収めるべく、めまぐるしく考える。 「そちらの彼をお気に召したのですか? 側室をもうけるのは構いません。ですが、私との婚約破棄は受け入れられませんよ。陛下と侯爵家に許可をとられたのですか?」  実母の地位が低いアルフレッドが王太子になれたのは、僕の家のバックアップがあったからだ。それを一方的に駄目にしては、侯爵家はもちろん、現王の怒りも買う。現王にとっては、僕の父は片腕だ。もっとも信頼している家臣にする仕打ちではないと激怒するだろうし、侯爵家の怒りを鎮めるためにアルフレッドを廃嫡するかもしれない。 「黙れ! 私にとって、愛は一つだけ。側室など、この者を馬鹿にすることは許さん!」  王と侯爵家にふれないところを見ると、許可はとっていないようだ。アルフレッドはプライドが高く、言葉につまると怒るところがあった。 「……殿下、私は意見を申したまでです。そもそも、その方のことも存じません」 「下位に興味がないというのか、オメガのくせに傲慢な奴だ」  僕は体が震えるのをおさえて、じっと耐える。オメガに生まれた身だ。幼い頃から、理由のないさげすみの言葉にも耐えてきた。だから慣れているのに、胸を刺すような痛みに、自然と涙が浮かぶ。 (でも、殿下に言われるとこたえる)  毎夜のように通い、「愛している」とささやいていたあの日々はなんだったのだろう。  このまま気を失ってしまえたら、どんなに楽だったか。 「私はこのアカシアを正室に迎える。同じオメガでも、お前よりよほど純粋で愛らしい」  王太子は少年を抱き寄せ、少年は戸惑いがちに頬を染める。 (そりゃあ、僕よりも五歳は下なら、純粋でしょうよ)  オメガは少ないから、僕の記憶力でも、社交界にいる者なら把握している。この年齢ではおそらく、デビュタントもまだだろう。覚えていないのは当然だ。  そもそも僕が純粋な少年のままでいられなくなったのは、王太子のせいだ。結婚もしていない身で、寝所に訪ねてきたのは彼だ。婚約を盾にされては、僕には断れない。親兄弟にも、その身を使って篭絡しろと命じられていたし、僕はこれが愛なのだと浮かれていた。  その気持ちが急激に冷えていく。 「なんてひどい方でしょうか。それならば番契約をしなければ良かったのに。あなたの誠実さを信じた私が愚かでした」  この数年はなんだったのだろう。  思い出が全て汚くいとわしく思えて、吐き気がする。  黙ってなすがままに受け入れるつもりはない。  僕は王太子をにらんだ。 「あなたはきっと後悔する。あなたがもう少し賢ければ、政治的なものが見えたはずです」 「私を馬鹿にするな!」  バチンと音がして、僕の軽い体は吹っ飛んだ。頬を叩かれたのだ。 「殿下、このようなか弱い方に手を上げてはなりません!」  銀髪の男が、僕を守るように割り込む。常に影のようにひかえる護衛騎士だ。  僕には彼が王太子に歯向かったことが意外だった。  元は王の近衛騎士だったのに、僕が王宮で暮らし始めてから、王太子妃の護衛に回されたせいだ。てっきり渋々護衛しているのだと思っていた。 「黙れ! 騎士風情で私に盾突くとは、生意気な!」  王太子は護衛騎士を蹴り飛ばす。床に倒れた彼を、ヒステリックに何度も蹴る。彼は屈辱に歯噛みして、じっと暴行に耐えている。 「おやめください! その方は近衛騎士ですよ。陛下の騎士だとあなたもご存じでしょう!」  これ以上、王太子に罪を重ねてほしくない。  その一心で、僕は王太子の足にすがりつく。すると、王太子は僕の頭をつかんだ。 「私の命令を、大人しく受け入れろ」 「……っ」  痛みに顔をしかめた時、何か太いつながりが、ブツンと切断される音を聞いた。  喪失感で胸がつぶれるようだった。 「あ、あああああああ」  感情がぐちゃぐちゃに乱され、僕は胸を押さえてうずくまる。 「妃殿下! 誰か、ただちに医者を呼べ!」  護衛騎士が従者に命じ、従者は廊下へ飛び出す。 「番契約を破棄した。婚約破棄のさたがくだるまで、この宮で大人しくしているがいい!」  王太子は一方的に断じると、アカシアを抱き寄せて悠々と立ち去る。彼の高笑いが耳障りに響いていた。  それからの日々は、うつろに過ぎていった。  番契約を破棄されたオメガは、悲惨な人生を送ると知っていたが、こんなにつらいと思わなかった。  発情期が再発したのにもかかわらず、愛しい番は傍にいない。  狂おしい日々が明けると、絶望感が胸に押し寄せた。  僕にはとても耐えられず、使用人に命じて睡眠薬を手に入れた。  バルコニーのテーブルに、薬とワインを置く。その隣には、遺書がある。  せめてましな死にざまがいいと、白い喪服に身を包んだ。  適量よりずっと多い薬を、ワインで流し込む。 「妃殿下、外にいては(さむ)うございましょう。中にお入りくださ……」  あの時、唯一かばってくれた護衛騎士は、まだ傍に残っていた。彼はこちらを見て、ぎょっと息をのむ。 「××××、ありがとう。さようなら」  僕は護衛騎士に礼を言うと、ふらつく頭で、無理やりバルコニーを乗り越える。 「待……っ」  彼が止めようと手を伸ばすのを横目に、バルコニーから落ちる。  頭から、まっさかさまに。  急激な眠気に支配されて、もう何も分からない。    遠くで何かがつぶれる音がしたのを最後に、僕の人生は幕を閉じた。 -------------------- 後書きとごあいさつ  こんばんは。  オメガバースはそんなに好きじゃないくせに、またまた思いついたので書いてみました。  わたしの苦手要素をとっぱらった、「わたしの考えた、最強のオメガバース」です(笑) はは。笑い飛ばしてください。  書いてみたいことは、 ・一人称で書く ・お相手メイン候補は二人  です。騎士と文官の間で揺れるのを見たいなあと思ったので、そうしましたが、わたしもどちらとくっつけるかはまだ決めていません。  ただ、わたしが騎士好きなので、騎士のほうが優勢かもしれませんね(笑)  遊びと思ってお付き合いいただけたら幸いです。  ※ムーンとアルファのほうで、メインで更新しています。話数がたまったら、こちらに少しずつ移すと思うので、早く読みたい方はあちらでどうぞ。
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