124. ドラゴンは宝石を磨くのが好き ※※ (書き下ろし部分)

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124. ドラゴンは宝石を磨くのが好き ※※ (書き下ろし部分)

 さすがは魔導具技師のフェルナンド家。ボタンを一つ押すだけで、お湯が出てくる魔導具が、洗い場に設置されている。  ネルヴィスも椅子に座って、後ろから僕にシャワーをかけて頭をまんべんなく濡らすと、お湯を止めた。それから、薔薇の香りがする石鹸で、僕の髪を丁寧に洗う。思ったよりも慣れた様子であることを、僕は不思議に思った。 「ネル、洗うのが上手ですね」 「私がディルレクシア様の我がままの被害者だとご存知でしょう?」 「ああ……なるほど」  うっかりネルヴィスに嫌なことを思い出させてしまったようだ。 「面倒なところはありましたが、たまにやり返すと、翻弄されたのを隠そうとして必死になっているのは、いい気味でしたね」 「そ、そう……ですか」  僕は合づちを打ったが、なんだか胸にもやりとしたものが浮かんだ。ディルレクシアの体は、今では僕のものになっているが、ネルヴィスはどちらのことも知っているわけで……。 (今まで気にしたことはなかったけど、閨でのあれこれも、ディルレクシアは経験したことがあるんだよね……)  頭皮をマッサージする指先が心地良いのに、この手をディルレクシアも知っているのだと思うと、なんだか複雑な気持ちにさせられる。 「ネルはその……」 「なんです?」 「ディルレクシアのこと、好きだったんですか?」  ふと疑問が口からぽろりとこぼれ落ち、僕はぱっと口に手を当てた。 「あ、すみません……。こんなことを聞かれても迷惑ですよね」 「いいえ? 私に興味を持っていただけるのは、うれしいことです。先に泡を流しますよ」  ネルヴィスはシャワーを再びつけて、僕の頭から石鹸を綺麗に洗い流す。 「ディルレクシア様のことは、好きではない、が妥当です。嫌いにかなり近いですが、少しの同情はありますから、その分の余地はあります」  冷静な指摘だ。 「同情ですか?」 「あの人がオメガの立場を憂いていたのは明らかでしたから。だからって、他人を振り回していいというものではない。私はとっとと解放してほしかった。あの性格は好みではありませんでしたしね」  ネルヴィスの指先が丁寧に髪の根本を持ち上げ、シャワーを当てて念入りに泡を流す。彼の左手が、僕の左耳に触れた。耳に泡がついていたのか、そっと撫でた。耳の後ろを、上から下へと撫でおろし、耳のふちをつまむ。 「……っ」  耳への刺激にゾクッとして、僕は息をのむ。洗ってくれているだけなのに、変な反応をしてはいけないと、僕は平静を装った。 「強気なだけならば、かわいげくらいはあるでしょうが……。あの人の場合は、他人をもてあそんで笑っていただけですからね。自分の憂いを解消できず、八つ当たりしていたわけです。私だって人間ですので、そんな扱いをされて、好きでいられるわけがありません」  ネルヴィスはそう話す間も、僕の耳を丁寧にマッサージする。  僕はというと、その仕草が気持ちよくて、だんだん困り始めた。ネルヴィスの指が耳に触れ、やんわりとつまみ、もみほぐす。止めるべきかもしれないと口を開こうとしたタイミングで、彼の指が僕の耳の穴に軽く押し込まれた。 「あっ」  思わず声が出てしまい、僕は身を縮めた。恐らく顔は真っ赤になっているだろう。  ネルヴィスは僕の耳元に顔を寄せて、甘い声でささやく。 「あなたのその、まずは善意だろうと悩むところが好きですよ。前の方なら、不快だからやめろと冷水をかけてきたでしょうね」  僕は左耳を手で押さえて、ぷるぷると震える。 「か、からかってるんですか!」 「いえいえ、ディルレクシア様が好きなのかと、かわいらしい嫉妬をしてくれるのがうれしくて……ちょっとやりすぎました」  素直に白状されると、僕も反応に困る。 「ところで、右耳も触っていいですか?」 「本当に反省してるんですか?」  しれっと付け足すネルヴィスに、僕は鏡越しに疑問をぶつける。 「耳のマッサージをすると、血行が良くなるんですよ。頭痛の緩和と肩こりの解消にもいいですね」 「少しだけですよ?」  ネルヴィスの触り方は不埒だが、耳をほぐされるのは気持ちが良い。僕は迷ったものの、了承した。ネルヴィスがくすりと笑う。  やっぱり返事を間違えたかもしれないと思ったが、僕はネルヴィスの好きにさせることにした。蓮の池の件で落ち込んでいたから、普段の調子を取り戻すのを見ると安心したのだ。  ネルヴィスは僕の右耳も丁寧にもみほぐす。水気があるせいで、ぐちぐちと大きく響いて聞こえる。 「……んっ」  またもや背筋がゾクリとして、僕は声を飲みこんだ。  すると、ネルヴィスは両方の耳を丁寧にマッサージし始め、耳の穴に軽く指を入れる。僕はビクリと身を震わせた。 「あの……もう終わりで……」  僕は白旗を上げた。  耳のマッサージは確かに気持ちが良い。首や肩も軽くなった気がする。それは良いのだが、のっぴきならない事態におちいったのだ。  僕は膝をすり寄せ、羞恥で絶望した。 (いくら耳マッサージが気持ち良いからって、反応しちゃうなんて)  僕自身がゆるく勃ち上がっていた。それを隠そうと身じろぎしていると、後ろからため息が聞こえた。 「はあ……。本当にディル様は、信じられないくらいかわいいですね」 「へ?」  僕が振り返ると、ネルヴィスはいかにも真意を隠したにっこり笑顔を浮かべている。 「隠さなくても大丈夫ですよ。あなたが申しつけた罰の通り、しっかりお世話しますからね。次は体を洗いましょうか?」 「え……?」  ネルヴィスはやわらかなスポンジを軽く振ってみせた。  泡のついたスポンジが、僕の体の表面を撫でていく。  洗い方は色を感じさせないもので、手早く足先まで綺麗にされた。  それで安心していたが、ネルヴィスの手は僕の大事な場所にも伸びてきた。 「あ、あの、そこは自分で……」 「今更、遠慮しないでください。閨でも洗ってあげていたでしょう?」  そんな風に言われると、恥ずかしがる自分がおかしいのだろうかとさえ思えてくる。  後ろから伸びてきたネルヴィスの右手が、僕自身に触れた。泡のついた手で、優しく触れる。緩く立ち上がっていたそこは、ネルヴィスにやんわりと握られただけで、力を持ってしまう。 「ひ、あっ」  ネルヴィスは洗うと言っているが、彼の手が明確な意思を持って、僕自身を高めていく。ゆるくつかんだ手で上下にこすり、親指が亀頭に触れ、そのまま尿道口をぐりっと押さえる。 「やっ、待って、出る……から」  強い刺激から逃れようと、僕は身をよじる。ずっと我慢していたのもあって、すでに限界だ。 「我慢しないで、出してください」  ネルヴィスは僕の耳を甘噛みした。 「あああっ」  それがとどめになって、僕は達した。白濁が飛び出て、美しいタイルを汚す。それがどうにもいたたまれなくて、僕はネルヴィスを振り返ってにらむ。 「……もうっ」  ネルヴィスは真顔で、信じられないものを見る目をした。 「もしかしてそれで怒ってるんですか? 顔を赤くして涙目の、その愛らしい顔で?」  僕は眉を寄せる。 「ネル、疲れてるんじゃないかな」 「ご心配をどうも。……はあ。もっとちゃんと怒ってくださればいいのに。あなたをあんな目にあわせておいて、世話を申しつけられたのに、あなたの肌に欲を我慢できなくなるような私のことなんて」  自己嫌悪のにじむ声で、ネルヴィスはつぶやいた。  僕はとりあえずネルヴィスの手からシャワーヘッドを取り上げ、自分で汚れを洗い流して、美しいタイルから証拠を押し流しつつ、湯気で曇った鏡越しにネルヴィスを見る。 「余裕そうだったのに?」 「努力はしています。でも、好きな人が自分の巣にいるのに、舞い上がらないと思います?」  僕はなんだかうれしくなった。  ネルヴィスは感情を隠すのが上手なので、ときどき何を考えているのか分からない。そうやって打ち明けてくれて、やっと本心が見えた気がする。 「ふふ。舞い上がってるんですか?」 「ええ。あなたが私の嫁に来てくれたら」 「はい?」 「街道を一つ整備して、その通りに、あなたの名前をつけましょう」  そんなことを真面目に言うので、僕はびっくりした。 「本当に舞い上がってるんですね。……本気ですか?」 「嘘など申しませんよ」 「……」  さすがは富豪。口説き方のスケールが違う。  僕はそれについては、聞き流すことにした。まだ婚約者候補の段階で、なんとも返答しづらい内容だ。  僕はちらりとネルヴィスの立派な一物を見る。僕の痴態につられたのか、彼も興奮しているようだった。どうしても視界にちらついて気になる。 「ええと、そちらの処理を手伝いましょうか?」 「私のことはいいんです。後でどうにかします。それより、上がりましょう。肌の手入れをさせてください」  ネルヴィスは魔導具のシャワーを止め、シャワーヘッドを定位置に戻す。僕に手を貸して、ゆっくりと立ち上がらせた。 「疲れさせるようなことをして、すみませんでした」 「もう罰は終わりでいいですよ」 「いえ、今は婚約者として、大事にしているだけですよ」  ネルヴィスは宣言通り、僕のことを甲斐甲斐しく世話した。ふわふわのバスタオルで綺麗に拭いて、蓮の花の香油で、肌を手入れする。用意されていた着替えも手づから着せて、魔導具のドライヤーで髪を丁寧に乾かした。  僕は座ってレモン水を飲んでいるだけで、身支度が整ってしまった。 「ここまでさせるつもりはなかったんですが……」  従者の仕事ではないかと、僕は落ち着かない。 「ドラゴンは宝石を磨くのが好きなんですよ」  フェルナンド家のことを話題にして、ネルヴィスは冗談を言った。  甘いセリフに、僕は少し照れながら、ネルヴィスにもかわいいところがあるのだなと戸惑いを覚えるのだった。
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