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26. やきもちってなんですか?
「シオンは、アカシアみたいなほうが好きですか?」
僕の問いかけに、シオンはきょとんと瞬きをする。
「え?」
僕はアカシアの背を、じっと見つめる。
「小さくて可愛くて、素直で。守ってあげたい感じがしませんか? ……僕と全然違う。アカシアはみんなから愛されてる」
タルボからの受け売りだが、前の世界で王太子を奪われたことで、僕はどうしてもひがんでしまう。
あんな小さなリスのような少年だったら、前の世界でも、僕は周りに愛されて大事にされたのかもしれない。
ふと思い出すのは、王太子からの嫌味だ。
『お前は本当に可愛げがないな。名前もディルなんて雑草だ。だが、体は気に入った』
王太子妃として教育を受けていた僕は、時に王太子をいさめなくてはならない立場だった。言いたくなくても、言わなくてはいけない。結婚前なのに僕の寝所に入り浸っていた王太子だが、僕が王太子としての振る舞いに注意すると、たちまち機嫌を悪くした。
彼は婚約者からの助言すら嫌がった。オメガのくせに意見するとは生意気だと、そういうことらしい。
王太子に嫌われたくなくて、そのうちいさめずに、僕は王太子の先回りをするか、王太子の起こしたトラブルを解決するか、どちらかをするようになった。彼の役に立てば愛されると思いこんでいたのだ。そして顔色を伺っていた。
でも、結局、あんなふうに嫌われたのだから、いさめたほうが良かったのかもしれない。
「ディルなんて雑草だし……僕は可愛げがないみたいだし……」
過去を思い出して、だんだん視線が下がっていく。後ろ向きなことをつぶやいたのは、ほとんど無意識だった。
「よく分かりませんが、ディル様。ディルは雑草ではなく、ハーブでは? ソースに入れると、深みある味わいになっておいしいですよね」
僕がパッと顔を上げると、シオンは首を傾げていた。
「その辺にたくさん生えてるんじゃないんですか?」
あいにくと僕はハーブには詳しくないので、王太子の言うことを真に受けていた。
「生命力が強いので増えやすいですが、雑草ではないですよ。畑にわざわざ植えるくらいですし。我が家ではハーブを使うのは鉄板ですよ。肉料理にも合いますし、パンに入れてもおいしい」
貧しさゆえに、シオンの家ではこった料理を食べられないので、ハーブに助けられているのだと話す。
「ハーブを雑草だと馬鹿にするのは、自分がどれだけ恵まれているか分からない愚か者かと」
「そう……ですか?」
「ええ。ところで、誰にそんなことを言われたんですか。神官には秘密にしておきますから、教えてください」
「……ええと?」
「レイブン家の人間はしぶといんですよ。嫌な人間がいたら、こっそりやり返す方法も知っています。相手にばれないように、仕返ししておきますから、教えてください。ね?」
シオンがにこっと優しい笑みを浮かべるので、うっかりアルフレッドの名を出しそうになった。
(危ない危ない。前の世界のアルフレッドで、ここの世界じゃないから)
僕は必死に上手い言い訳を探す。
「本で読んだんです」
「小説ですか? それで落ち込むようでしたら、そんな本は火にくべてしまったほうが良い」
「そ、そうかな……」
「ええ」
なんだか丸め込まれた気がするが、僕の落ち込みは綺麗に消えた。
「ところで、アカシア様のほうが好きなのかとおっしゃいましたが……まさかと思いますが、やきもちですか?」
シオンはからかいをこめて、僕に問う。
「やきもち……? 何それ」
「嫉妬のことです」
「……嫉妬」
その感情のことは、聞いたことがある。
だけれど、僕は王太子妃として、結婚相手が側妃を持とうが気にしないように教えられてきた。だから嫉妬なんて抱くはずがないのだが……。
「よく分からないけど、シオンは僕の……なのに」
あれ?
護衛騎士をアカシアにとられたからって、なんでこんなに嫌な気分になるんだろう。
自分だけを守ってほしいだなんて、おこがましいのでは。
相手がアカシアだからだろうか。
女性や他のオメガで想像してみると、それでもやっぱりもやもやする。
つまり、誰が相手だろうと、シオンをとられたくないということなんだろうか。
「このもやっとした感じが……まさか嫉妬?」
理解した瞬間、僕はカーッと顔を赤くする。
本人の前で、なんてことを暴露しているんだ。
今更ながら、僕は慌て始める。
「あ、あの、なんでもないです。なんでも!」
アカシアが待っているから、この泥だらけの服を着替えて、お茶に行かないと。
僕は薔薇棟のほうへ向かおうとしたが、シオンに腕を引いて止められた。
「ディル様」
「え?」
僕はぽかんと、近づいてくる美しい顔を見つめる。ふわりとかすめる程度の口付けが、唇に降ってきた。
シオンは頬を紅潮させて、微笑む。青い目が喜びでキラキラ光っていた。
キスされたことに僕が驚くと、シオンはくしゃりとした笑みを浮かべる。
「失礼しました。ですが、あんまり可愛い反応をなさるディル様も悪いと思いますよ?」
謝っているのに、責めるようなことをシオンは言う。
「…………は、い。すみませんでした?」
僕はしどろもどろに頷いて、結局、謝った。
キスされたのは僕だから、謝る必要はなかったのではと気づいたのは、アカシアとのお茶会の席についてからだった。
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