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04. ディルレクシア、やばい
どうやらディルレクシアとは色の好みは似ているようだ。
だが、クローゼットの服は派手なものが多い。
僕は白い上着に青い糸で花が刺繍されたものと、青いズボンを選んだ。絹製の長い靴下を履き、室内用のやわらかい靴を選ぶ。
「不思議ですね。違う世界でも、流行は同じみたいです」
「おや、そちらでもレースが流行っているんですか? そちらは北の国で流行っているレースで、わざわざ輸入したんですよ。お目が高いですね」
「あの中で比較的地味なものを選んだだけです」
「なるほど、服の好みは合わないようですね。明日にでも仕立て屋を呼びますから、お申しつけください」
タルボはそれが当然という口調で、あっさりと言った。
「え? あれで我慢しろと言わないのですか」
「あちらの方に戻られた時のために保管しておきますから、捨てるわけではありませんし……。あの方はわがままだと申し上げたでしょう? しょっちゅう服を欲しがりますので、周りはまたかと思うだけですよ」
無駄遣いではないかと、僕ははらはらする。
「〈楽園〉のオメガがその調子だと、経営破綻しませんか?」
「いいえ。王族と同じ程度の予算ですし、問題があれば止めますから。なんでもかんでも買うわけではありませんよ。それから、オメガの古着は小さく裁断しまして、お守りとして高値で売っていますし」
「お守り? 古着を?」
「ちゃんと洗ったものですよ。有名人の着ていた服を、一部でいいから欲しい。そう望むファンは多いので。ファンというのは信者のことです。神の使いは、アイドル的存在ですからね」
どういう意味だろうかと僕が首を傾げると、タルボは肩をすくめる。
「神殿は商売上手ってことですよ。あ、これは秘密にしてくださいね。怒られるんで」
「はい……」
あけすけな物言いをするタルボは、あけっぴろげだというディルレクシアと気が合っただろうなと、僕はちらりと考えた。
廊下を歩きながら、僕は前から来た神官に会釈する。数名とすれ違ったが、そのたびにぎょっと幽霊でも見たような顔をされた。
「あの……僕の礼儀作法はそんなに変ですか?」
「あちらの方は、頭を下げるのが大嫌いですから。一般的には会釈で合っていますよ」
「すごいな、ディルレクシアさん……。メンタルが強い」
「猫だと思えば、そんなもんかと思うかと」
「猫……確かにそんな感じですね」
ふてぶてしい態度の猫に置き換えると、ディルレクシアの雰囲気がつかめる。
「この建物は広いですね」
「ディル様の居所は、薔薇棟と呼ばれています。オメガお一人ごとに、一棟与えられておりまして、ここは中央棟ですね。〈楽園〉統括の神官が、行政の仕事をなさっておいでですし、私ども神官の寮がその奥にあります。私は一の傍付きですから、ディル様のお部屋の隣におりますが、そうでなければあちらで寝起きします」
タルボは、急に声はひそめる。
「あちらの方は、音楽の才に優れるせいか、神経質なところもおありで。傍に大勢をおつけにならないんですよ。夜中に音を立てると怒ります」
「芸術肌な猫みたい?」
「その通り」
タルボはにんまりと笑った。僕の例えは、的を射たようだ。
「さあ、着きましたよ、図書室です。お好きな本があれば、何冊でも借りられますからね。私にお申しつけください」
「ありがとう」
僕が自然と礼を言うと、カウンターの向こうにいる三十代くらいの神官がぎょっとした。
(お礼を言ってもいけないのか……。よくもまあ、敵を作らないな、ディルレクシアさんは。いっそ感心するよ)
そんなふうに好きにふるまえたら、ストレスもなく楽しいだろう。
想像してみたが、僕には無理そうだと結論が出た。後で胃が痛くなると思う。
本の背表紙を見て回ると、どうやら自分の世界と文字は同じようだ。タルボの案内で、詩集のコーナーに行き、装丁の美しい本をいくつか選ぶ。
ふと、窓が目に入る。
「わぁ、テラスがあるんだ……」
傘が据えられた白いテーブルが美しい。あそこで本を読んだら気持ちよさそうだと眺めていると、タルボが案内する。
「外で読んでも構わないのですよ」
「本を持ち出していいんですか?」
「もちろん。〈楽園〉の物は、全てオメガのためにあるのです。誰も文句は言いません」
タルボの先導で、通用口から外へ出る。影がかかっている椅子を、タルボが引いた。僕が腰かけると、タルボは問いかける。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか」
「熱い紅茶を……。レモンと砂糖を添えてください」
「かしこまりました。クッキーはお好きですか?」
「はい」
タルボはお辞儀をして、図書室に戻る。入れ替わりに、神官が外に出てきて、僕の傍に黙ってひかえた。
オメガの護衛のためだろうか。
(中央棟では行政の仕事をしていると言っていたから、外からの出入りがあるのかも)
何も言わずとも、連携して仕事をしている神官のすごさに、内心驚いている。よく見ると、その神官は腰に警棒を下げていた。
「あの」
「はい、いかがされました、ディルレクシア様」
「あなたは護衛兵ですか?」
「それをおっしゃるなら、神官兵でございますよ。いえ、過ぎたことを口にして、申し訳ありませんでした」
彼の顔がこわばり、すぐさま頭を下げる。
(うわー、ディルレクシアさんは訂正されるのが嫌いなのかな?)
おそらくディルレクシアとは気が合わないだろうと、僕は体の持ち主に思いをはせる。
「そうですか」
僕は一つ頷くと、興味を失ったふりをして、詩集を開く。表紙通りの繊細な詩が並んでいる。
数ページをめくったところで、僕は神官兵が気になった。
「……あの」
「なんでしょうか」
「そこの木陰に立ってはどうでしょうか。暑いでしょう?」
神官兵は目を丸くして、涙ぐんだ。
「ディルレクシア様、お加減を悪くされていたと聞いております。よっぽどおつらかったのですね。お言葉に甘えて、木陰にて控えさせていただきます」
神官兵が木陰のほうに下がると、僕はなんともいえないもやもやを抱えるはめになった。
(この程度の気遣いで感動されるって、まずいと思うぞ、ディルレクシア!)
さん付けする気が失せた。
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