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05. この世界での再会
詩集を読みながら、おいしいレモンティーとクッキーを味わう。
授業や社交に追われることもなく、好きなことをしてまったりするなんて、そういえば生まれて初めてだ。
ディルレクシアになったので、生まれてと表現していいんだか分からないが、こんなに暇だと、うれしいよりも不安になる。遊んでばかりいるなと怒られるのではないかとタルボの様子を伺ったが、タルボは微笑むだけだった。
「どうしました? お茶のお代わりでしょうか。それとも、クッキーをお気に召しました? 欲しいのでしたら、追加で作るように言っておきますよ。そうだ、いつでも食べられるように、缶に入れておきましょうか」
タルボはどうやら世話を焼くのが好きなようで、僕がほとんど自己主張しない代わりに、いろんな提案をしてくれる。
気づくと、神官兵の姿はない。どうやらタルボと入れ替わりに席を外したらしい。
「お茶は大丈夫です。クッキーは……できればこの石畳柄みたいなのを」
「ああ、ココアと無地のアイスボックスクッキーですね。甘さひかえめがお好みですか?」
「そうですね」
「ディルレクシア様と、食の好みは少し違うようです。病気をして味覚が変わったとでも、誤魔化しておきましょう」
細かいところによく気が付く人だ。こんなに献身的な世話人に会ったことはないので、僕はタルボの有能さに驚いてばかりいる。
「タルボは王宮の使用人より、ずっとすごいですね」
「そりゃあ、傍仕えは難関試験を突破して、ようやく選ばれますから。それでも最後は、オメガの意向次第です。私は幸運でした」
「傍仕えは神官ではエリートということですか?」
「ええ! 神の使いにお仕えできて、修行となるため治療魔法の能力もどんどん上がっていきますからね。ですが、よこしまな気持ちでお仕えすると、能力の上がり方は遅くなります。心配りが大事なんですよ」
確かにタルボの言う通り、彼からはトゲトゲしい空気や嫌らしさは感じられない。
「私はこの仕事が大好きなんです。ディル様が喜んでくだされば、私にとってもうれしいことなんですよ」
「他人の喜びを自分のものにできるなんて、タルボは立派な方なんですね」
「うわあ、やめてくださいよ、ディル様。照れるじゃないですかー!」
わざと軽い調子で笑うタルボだが、本当に照れているらしく、首と耳が赤い。
僕はくすりと笑い、気になっていたことを訊く。
「タルボ、そういえば、預言部署で何か分かりましたか?」
「ああ、お伝えするのを忘れておりました。レフ先生が調べてくださったんですが、手掛かりになりそうな預言は無いそうです」
「そんなに簡単に、預言を調べられるんですか?」
「ええ。預言はそう簡単にくだされるものではありませんから、辞書のような分厚い本に、預言を得た期日と受け取った人の名前を合わせて、順に記録しています。申請すれば、誰でも閲覧できますよ」
ありふれたものとは思わなかった。
「誰でもというと……」
「平民でも、貴族でも。あなたも、もちろん。ですが、保管場所での閲覧と決まっているので、当日に読めないこともあります。予約して、昨日、やっと確認できたんですよ」
僕が寝込んでいたから、代わりにレフが見てくれたんだそうだ。
「もしご自分でも読みたいのでしたら、予約しておきましょうか?」
「いいんですか? 見てみたいです」
「では、そのように手配しますね。欲しい物やしたいことがあれば、なんでもお話しください。前の世界で悲しい目にあわれたのですから、ここでは羽を伸ばして、自由に過ごせばいいのです。誰もとがめませんよ」
「ありがとう、タルボ。正直、自由にと言われると戸惑うのですが……、しばらくゆっくりしたいです。そういえば、婚約者候補でしたっけ? 会わないといけないのですか?」
療養中、ずっと気にかかっていたことだ。
「いいえ! オメガの意向が最優先です。会いたくないなら、会わなくていいんですよ。しかし、そのおつもりなら、薔薇棟から出ないほうがいいですね」
「え? それはどういう……」
僕が詳しく訊こうとした時、後ろから声をかけられた。
「おお、これはディルレクシア様! 偶然にもお会いできて光栄です」
「……は」
聞き覚えのある声だ。僕は息を飲み、指先が冷たくなるのを感じた。
恐る恐る振り返ると、赤銅の髪と金の目を持った輝かしい男が従者とともに立っている。
「あ……」
王太子アルフレッドそのものの青年を見て、僕はめまいがした。
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