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私は手近なところから始めようと手を伸ばす。すると、スッと真横に人の立つ気配があった。左を向くと、姫川さんがいる。
「いいわね、こんな時もピアニストは特別扱いで。何? その花模様の手袋。気取ってる」
とっさに、私は手を後ろへかくす。お母さんに軍手を出してと言ったら、出してくれたのがこの手袋だった。目立つから、いやだって言ったのに、やっぱりだ。
「これは……ガーデニングに使う物で……」
「そう。せいぜいがんばって。あ、しもべが集めるのか」
最近、姫川さんは、私に嫌味なことを言う。
「あの……何か怒ってる?」
姫川さんの眉がつり上がる。
「それ、面と向かって私に聞く?」
風が吹く。葉桜がザザーッと音を立てる。姫川さんの長い髪は、意思を持っているかのように四方へ舞い上がる。
「天谷さんて、無神経なのね」
姫川さんはつんと横を向くと、自分の班に戻っていった。
ふう。ちょっと、ほっとする。
私を目の敵にしている理由は、わかっている。音楽会の合唱の伴奏者のことだ。
ピアノを習っている人の中でも、姫川さんはとびきり上手だ。
当然、自分が伴奏者に選ばれるって思っていたと思う。
でも先生が指名したのは、私だった。
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