11人が本棚に入れています
本棚に追加
君がいれば ~すれ違う恋、ふり向く愛。~
弦矢 side
元々高校なんて行かなくてもいいと思っていた。
勉強は嫌いだし高校生活に何の興味も期待も無かったし、実際に入学してからも面白味は感じられなかった。
真面目に授業に出なくても成績は良かったし、同級生の中でも比較的背が高くそこそこ目立つルックスの所為か喧嘩を吹っ掛けられる事も多かった。
でも売られた喧嘩に負ける事が無かったからか上級生に目を付けられ、教師達からも問題児のレッテルを張られていた。
そんな俺がそれでも退学せず真面目に三年間高校に通い続ける理由、それは偏に岳晴兄と同じ学校に通う為、それに尽きた。
幼馴染の金城岳晴は、俺と真逆で真面目で時にちょっと融通が利かないくらい真っ直ぐな人だ。
俺より一歳年上なだけなのに、俺の事を親以上に気に掛け心配し面倒を見ようといつも何かと小言を言ってくる。
他の人なら一切聞く耳を持たないけれど、俺にとって岳晴兄は世界の全てであり世界の中心だった。
真面目な優等生として教師やクラスメイト達の人望もある岳晴兄は俺の自慢でもあり、何より…誰にも渡したくない、譲れない人だった。
「1週間遅刻も早退もせずに学校で授業を受けて喧嘩もしない。守れたらチューしてやる」
学年主任から何度目かのお説教を喰らったのに相変わらずの俺を見かねたある日、岳晴兄が俺にそう言った。
勿論、先に「チューしてくれたら学校に行く」と言ったのは俺だ。
半分本気、半分冗談のつもりだったし岳晴兄も最初は「何でだよ!」と反発したけど、悩んだ挙句一週間という条件付きで承諾してくれた。
そして俺は岳晴兄と約束した翌日からちゃんと登校する様にした。
残り半日で約束の一週間というところで、隣町の高校の連中に喧嘩を吹っ掛けられた。
俺は一切手を出さずに巧く躱したけど、一発だけ顔に喰らってしまった…
「手は出さなかったとしても喧嘩をした事には変わらないだろ。あの約束は無しだ」
そう言った岳晴兄がちょっとだけ安心した様な表情を見せるのに、少しだけ…寂しさが募った…
あれから何度か
「ねえ、もう1回チャンス頂戴?」
そう誘ってみても
「え、じゃ、じゃあ、次は2週間な!」
「次は3週間だ!これ以下は認めないぞ!」
「よ~し、だったら1ヶ月な!」
期間が長くなればなるほど、過去に負かした…というより勝手に喧嘩を吹っ掛けてきて勝手に負けていった連中は、ここぞとばかりに遣って来て「お返しだ!」とばかりに手を出してくるから、未だあの約束は果たされていない。
「弦矢、お前なぁ…ほんといい加減にしろよ!…何度も同じ事言わせんな」
「俺も何度も言ってるけど、俺は何にもしてないよ。向こうが勝手に…」
「だとしてもだよ!!」
本気で怒る岳晴兄
でもその黒い眸にまた僅かに安堵の色を見つけて……胸がチクッとした。
「……岳兄、もう良いよ」
「は?何がだよ?」
「もう『チューして』なんて言わないから。だから…安心して?」
「…弦…矢……?」
黒い眸の奥に見えた困惑の翳には気付かないフリをして、いつもの様に笑い掛ける。
困っている姿を見るのは面白かったけど、
怒らせたかったわけじゃない
傷つけたかったわけじゃない
君が隣にいてくれるのなら
この想いを閉じ込める事に躊躇いはない
最初のコメントを投稿しよう!