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訪問
「うーん……」
「冬莉が悩んでるなんて珍しいね」
食事中瞳子が聞いてきた。
「あのさ……瞳子に相談してもいいかな?」
「どうしたの?」
多分この中で分かってもらえるのは瞳子だけだろう。
瞳子に聞いてみた。
「瞳子は冬吾のサッカー選手として将来性に惚れたの?」
「え?」
瞳子は少し頬を赤らめていた。
「冬吾さんはあの時から優しかったじゃない」
サッカーの選手の技量よりもそっちに惹かれたらしい。
問題はそこからだ。
「その後もサッカーの名選手として有望だったからとか考えなかった?」
「……少しはあったけど、むしろ不安だったかな」
他のファンに奪われてしまうんじゃないかと不安だったらしい。
「そういう話って事は冬莉にも好きな人出来たの?」
「……かもしれない」
「どういう事?」
瞳子が聞いてくるので答えた。
私は成原一志とゲームをしたりデートをしたりしてるうちに彼に惹かれていた。
だけどそれはゲームのクルトを好きなだけなのかもしれない。
クルトの正体の一志を好きになったとして、それは江口銀行に勤めているエリートだからという理由かもしれない。
そんな理由でいいのか?
仮にそうだったとして無職の私で釣り合いがとれるのか?
現に彼とは何度もデートをしたけど、告白めいたことは一度もない。
当然キスもまだだ。
私じゃだめなんだろうか?
ちゃんと社会人としての地位を作るべきだったのか?
すると瞳子たちが笑い出す。
「冬莉がそんな悩みを持ちだすとはね」
パパも笑っていた。
「彼の気持ちは読み取ったのかい?」
「……上手く読み取れなくて」
それだけじゃない。
FXや株をしている時も上手く読みが出来ない。
そういう不安定な時にやるのは危険だからやってない。
「自分で答えを出してるじゃないか」
パパが言う。
どういう意味?
「彼の気持ちを読みとれないのは貴方がそれを怖がっているから。FXとやらで読みが働かないのは彼の事を想っているから」
集中力の欠如ってやつだろうと翼が言った。
「私も他人の事言えたことじゃないけど待っているだけじゃだめだと思う」
自分からぶつかって行かないとダメだ。
そんなに自分に自信がない相手だと私の気持ちに気づくなんて絶対無理。
自信過剰な馬鹿3人の相手ばかりしていたから気づかなかったんだろうけど、一志って人が純粋なだけ。
ただ待っているだけじゃだめ。
彼の身分を意識してるとかそんなことは絶対ない。
そんなの一志の事を話してる私を見ていたらよく分かる。
恋する女性そのものじゃないか。
「次に会った時に仕掛けてみたら?」
「仕掛けるって……」
「下手な小細工は無用だよ」
翼が「がんばれ」と言って私の頭を撫でていた。
その晩ゲームの個人チャットで”次はいつ誘ってくれる?”って聞いていた。
「最近やけに会いたがるけどいいの?」
会いたいから会うんじゃない。
「うん、次はちょっと話があるからさ」
「分かった。今週末でいいかな?」
江口銀行は地元でも最大手のメガバンク。
江口グループの系列は基本的に残業は認められていない。
彼が嘘をついているのかどうかなんて姉の石原天音に聞けばすぐに分かる。
まだまだ新人の類だけどれっきとした行員らしい。
週末車の音がすると私は家を出る。
彼の青い車が止まっていた。
「今日はどこに行く?」
「任せてもいいかな?」
「最近ずっとドライブだけど平気なの?」
飽きちゃったんじゃないかと不安だったらしい。
「話があるって言ったでしょ?」
適当に回ってお話ししたい。
「分かった……」
彼は少し沈んでいた。
どうしたんだろう?
車は坂ノ市の方へ向かっていた。
「で、話って?」
この方角なら佐賀関にいけるな。
「とりあえず海の駅に行かない?」
「いいよ」
そこまでは適当にいつも通りゲームの話なんかをしていた。
彼は本当に銀行員かというくらい趣味がオタクだ。
私の銀行員に対するイメージが貧相なのかもしれないけど。
現にクラシックでも流してそうなBGMはVチューバー系のものだった。
海の駅に着くと車を止める。
海を見ながら私は覚悟を決めた。
「そろそろさ、私達の関係はっきりさせたいと思ったんだよね」
「あ、ごめん……やっぱりそうだよね」
どうして謝るんだろう?
「ぶっちゃけて言うね。一志は私の事どう思ってる?」
「ゲームが上手で、とても綺麗な女性」
「それだけ?」
「うん、だからごめん。僕が悪かった。決して恋人とかそういう風になりたいわけじゃないんだ」
「本当になりたくないの?」
「え?」
だめだ、また彼から言わせようとしてる。
そんなんじゃだめだ。
男にこんなに緊張したのはきっと初めてだ。
「私は一志の彼女になりたい。一志の事が好き」
言った。
もう後戻りは出来ない。
一志は少し考えてから言った。
「俺さ、女性と付き合ったことないからよく分かってないんだ」
前に私は言った。
私は沢山の彼氏と付き合ってきた。
キスまではした。
だけど”体目当て”だと分かった時から気持ちが冷めていった。
だから一志は不安だった。
自分もそう思われたら終わってしまうんじゃないか。
だったら今のままの関係でいい。
恋人よりも友達の関係のままでいい。
そっか……
体目当てだから冷めてたんじゃない。
最初から下心ばかりに目が言ってたから冷めていったんだ。
理解した。
やっぱり私は一志の事が好きだ。
「一志はアニメとか見る?」
「うん」
「こういう言葉知ってる?」
逃げれば一つ、進めば二つ
今逃げたら友達という位置でいられる。
でも勇気を出せばもっと深い関係になれる。
「だからそうなった時に……キスをしたり」
一志だっていつか私を求めるかもしれない。
それが怖いんだって一志が言う。
私は一志に抱きついて言った。
「いいよ」
「え?」
「一志になら私をあげる」
これなら問題ないよね?
「お、俺やったことないし」
「私だってないよ」
「どうしたの突然?」
「最初に言ったよ」
一志の事が好きなんだって。
一志は私の事を選んでくれないの?
「一志は私の事……好き?」
「好きだけど……それは下心なんじゃないかと思っていたんだ」
見た目に惹かれただけの軽い気持ち。
だけど今の一志を見ていたらそうは思わない。
私はそう信じてる。
これでだめなら、私の見る目が無かったんだって諦められる。
そうまで信じられる相手を好きって言うんだ。
「俺も……冬莉の事が好きだ」
そう言って一志も私を抱きしめてくれた。
「ありがとう。キスも済ませておく?」
「さすがにここじゃ無理だよ」
「じゃあ、どこならいいの?」
「そんなに慌てなくてもいいだろ」
その後は適当にドライブしながら互いの話を聞いていた。
夕飯を済ませて家に送ってもらう。
……愛莉が言ってたっけ?
「じゃあ、これからよろしく……!?」
私は運転席に乗っている一志にたっぷりとキスをした。
一志にはまだ早かったかな?
明らかに動揺してる。
「少し落ち着くまでこのままいたほうがいいよ」
そんな上の空で運転して事故られたらいやだ。
折角付き合う事が出来たのに。
「あ、そうだ。今度のデート先私が決めてもいいかな?」
「どこ?」
「一志の家。一人暮らしなんでしょ?」
「そんなのでいいの?」
「うん、そこならホテル代もいらないだろうし」
焦っている一志を見ていて楽しかった。
またねと言って一志を見送ると家に帰る。
「どうだった?」
「キスくらいで慌ててた」
「また冬莉の悪戯が始まったの?」
翼が言うと首を振った。
「今度は本気だから」
本気で一志を落としてやる。
今度家に泊ってくることを伝えた。
「そういう事なら少しは家事を手伝いなさい!」
愛莉が料理を教えてくれるらしい。
料理だけじゃなく掃除や洗濯も押し付けられたのはいうまでもない。
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