第八章 最後の鬼人

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「……ぅ…………ん」  蒼が目を開けると、そこは見慣れた病室だった。白い天井に白いカーテン。室内に漂うのは薬剤の独特な匂い。外から入り込む優しい風と静寂は、自分が血に染まった世界の住人であることを忘れさせてくれる。  蒼はゆっくり上体を起こし、キャスター付きテーブルの上に食事が置いてあることに気付いたが、食欲は湧いてこなかった。 「いつっ……」  彼は左手の甲の痛みに頬を歪めた。竜道が投擲したナイフに刺された部分だ。そして全てを思い出す。竜道の裏切り、アンドレの自爆、そして……  蒼は呆然と口を開きながらベッドから降りる。そして、なにかに憑りつかれたような虚ろな瞳で隣のベッドとを仕切るカーテンまで歩いていくと、ゆっくり横へ開けた。 「……あ、ぁぁ……」  蒼は瞳に涙を浮かべ、その場に両膝をついた。肩を震わせ鼻水をすする。溢れ出す涙が止まらない。 「……良かった……千里、さん……」  千里は穏やかな寝顔を晒し、静かに寝息を立てていた。掛け布団がかけられ、周りを見ても綺麗に整っていることから、彼女は未だに昏睡状態にあるのだと分かった。だがそれでも、大切な仲間が生きていてくれたことに、蒼は例えようもないほど心中で歓喜する。
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