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人類滅亡の危機がすぐそこまで迫っているとは知らない蒼は、即鉄で呑気にぶらついていた。三日前、蒼が甲柴の技術課長から告げられたのは異動の辞令だった。ムサシの本部があるこの即鉄への。結局、千里の目覚めも確認できないまま、蒼はしぶしぶ引っ越したのだった。
夕焼けが静寂に包まれた街を茜色に染める。蒼は住宅街の裏手にある墓へ来ていた。ここには東京で死んだ者たちの墓も建てられていると、以前の同僚が言っていた。だがなぜ蒼がここに来たのか、その理由は本人にもよく分かっていない。どこか心の奥底で、なにかが引っ掛かっているのだ。自分とは縁もゆかりもないはずの東京に。
墓石がギッシリ広く並べられた庭園に足を踏み入れると、夕焼けの光の反射が眩しく周囲はよく見渡せなかった。中央の通りを何気なくゆっくり歩いていくと、声をかけられた。
「あら? こんな時間に人が来るなんて珍しい……こんにちは、あなたもお墓参りですか?」
その落ち着いていて澄んだ声の持ち主は、やや遠く前方にいた。車いすに座った二十代ほどの女性で、長い黒髪は艶がありニッコリと微笑んだ顔は瑞々しく整っていた。
「こ、こんにちは。俺はその――」
蒼は少しドギマギしながら彼女の近くまで歩み寄り、自分が今日初めてこの地に来たことを説明する。
「そうだったんですか。それは大変ですね」
「い、いえ、仕事ですから。お姉さんはお墓参りですか?」
「そうですよ。妹と一緒にね」
そう言って彼女は右を向いた。それにならって蒼も右を向くと、
「っ!?」
いた。栗色の髪を両端で束ねた小柄な女性が。蒼の存在など気にもせずただ墓石を見つめている。今まで気付けなかったことに驚愕する蒼だったが、愛想笑いを浮かべ挨拶をした。
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