彼岸の花結び屋

1/7
前へ
/9ページ
次へ

彼岸の花結び屋

 黒い羽織の胸元、絡み彼岸花の紋を弄びながら、花結び屋はひそかにため息をついた。交差した赤と白の彼岸花、その茎を結び合わせた紋様が自分の象徴となってから、六百年は経ったと思う。「結んで」やった花の魂たちの、再びここへ戻ってきた回数から、ざっくりと考えたにすぎないが。とにかく充分に経験を積んだという自負がある。  しかし彼は今、一人の少女を前にして久しぶりに「結び」あぐね、机に頬杖をついていた。   「お早う、お嬢さん。お待たせして申し訳ない。僕は花結び屋。狭間の今と前世と来世、思う姿に思われる姿、花に生まれる君の願いを、この彼岸を去ったのちの命へ結びつける。僅かな時間になるけれど、どうぞよろしく」  などといつもの口上を聞かせてから経過した時間は、もう僅かとは言えない。この空間に、時を刻むもののないのが救いだった。(いたずら)に過ぎた時の長さを目の当たりにすれば、相手も不安になるだろう。  少女の様子を窺う。見られた方は視線も気にせず、部屋中の壁と棚にずらりと並んだ引き出しと、その取っ手に下がった木札を眺め歩いていた。此岸に咲く花の名と、その姿が描かれた札だ。   「気になる花はあるかい」  判断材料を求めて問いかけるも、答えは否だった。机を挟んだ向かいの椅子が引かれる。さ迷うのには飽きたらしい。  少女は椅子に腰かけ、そこで目覚めたときと同じようにゆっくりと瞬きをして、無表情に口を開いた。   「急がなくていいよ、結び屋さん。ここは『狭間』、私はまだ生きてない。時間の流れに、命を削られることはないんでしょ」  目も合わせずこちらの手元ばかり見て、説明に気のない相槌しか打ってくれなかった割には、現状を確かにとらえた言葉だった。 「お言葉はありがたいが、退屈だろうと思ってね。そうだ、黄色いカーネーションになるのはどうかな。『あなたには失望した』って花言葉があってね、力量不足の僕に宛てて……」 「順番を待ってる、ほかの魂には悪いけど、私は退屈してないよ。貴方に失望もしていない。だからその花にはならない」  どんな花に生まれてもいい、というのではないらしい。花結び屋は胸を撫で下ろす。そんなことを言われては、自分の存在価値が危うくなる。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加