うばう、うばう。

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『そうなんです!この商品の香りが、片瀬さんが一番好きでオススメって言ってたから、私も是非と思って!爽やかでいいですよねぇ』 『そうなんだよ。あまり女性的ではないなんて言われることもあるけれど、キツくないからちょっとしたお出かけにも仕えるし。刺激も少なくて使いやすいんだ。瓶もおしゃれだしね。俺も少しだけアイデア出しに協力したんですよ!』 『へえ、そうなんですかあ!』  いつの間にか、私の存在などないかのように話し込んでしまう私。ちらり、と詠美がこちらを見、一瞬にやりと醜悪に笑ったのがわかった。まるで頭を殴られたような衝撃が走る。明らかに、見せつけられたのだとわかった。この人に、お前なんぞはふさわしくないのだ、と。 ――酷い、酷い酷い酷い酷い!私だって、先輩とお話したいのに……!  あの新商品は、お洒落で使いやすい反面、非常に値の張るセレブ向けの香水だった。私のような安月給の人間ではとても手が出せないほどに。詠美の何がいやらしいって、家が金持ちだということである。良い年して実家で、半分親のスネを齧りながら生活している彼女は給料の大半を自分の趣味趣向のためだけに使えるのだ。ズブズブに甘い親に強請れば、多少高い買い物だっていくらでも買って貰えると自慢していたこともある。  貧乏人の喪女が。男を取り合って、勝てる相手ではない。そんなこと言われるまでもなくわかっていた――わかってはいたのだ。でも。 ――悔しい……悔しい、悔しい!私だって、私だって……あの人のことが好きなのに!  そして、話は戻るのである。  偶然その井戸を見つけた私は、立札に書かれた文字を見て目を見開いたのだ。 『願イヲ 云ウベシ。  サスレバ払ウベキ対価ガ 示サレル。  一日以内ニソレヲ投ゲコムコトデ、願イハ成就サレル。  但シ、気ヲツケルベシ。一日ヲ過ギレバ、ソノ願イハ生涯叶ウコトハナイ。』  願いを言えば、対価が示される。それを払うと、願いが叶う。  私はごくり、と唾を飲み込んだ。そんなものを頭から信じたわけではない。それでも会社の帰り、公園で一人泣き出すほどに追い詰められていた私は――試しに、と一つ願いを言ってみたのだ。  つまり。 「お、お金以外の対価で……詠美が使っていたのと同じ香水が、私も欲しいの!」  払えない対価なら、願いは一生叶わなくなる。恐ろしい文章に足が竦んだために、最初は軽い願いを提示したのだ。すると。 「う、嘘……!」  言葉を口にした途端、立札の文字がどろりと溶けるように滲んで――別の文字が現れたのである。  そこには、こう書かれていた。 『弁当』  要求されたのは。今日お店で買ったばかりの、晩御飯だった。馴染みのお店の限定カツ弁当。今日は運良く残っていて、買うことができたのである。  これを諦めなければいけないのは、正直辛いものがあった。しかし、お金だけ見ればお弁当代は香水代とは比較にならないほど安いものである。弁当は、また並んで買える日があるかもしれない。けれど香水は――今、売り出し中の今に買わなければきっとあの人の気を引けないのだ。  私は少し躊躇ったのち、弁当を取り出すと――そのまま井戸の中に落としたのである。そして。  次の瞬間――私の手の中にそれがストン、と落ちてきたのだ。詠美が使っていたのと同じ、あの非常に高級な新品の香水が。
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