The Gift of the Trickster

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The Gift of the Trickster

「ねえ、ライラ。これをどう思う?」 講義が終了する十分前、師匠は鉢植えを机の上に置いた。 濃い緑の茎と葉と垂れ下がっている白い花のコントラストが美しい。 たったひとりのために、わざわざ持ってきたのだろうか。 「どう思うって……特に何も」 師匠の講義を受ける生徒は私以外におらず、今日も空席に囲まれていた。 他の大学での講義も大体こんな感じで、少人数で行なっているらしい。 その中でも、講義の生徒が一人しかいないのはここだけのようだ。 「今朝、玄関前にあったんだ。俺は忙しくて面倒を見てやれないから、花壇の仲間に加えてやろうと思ってね」 おそらく、この花を枯らしたところで誰にも怒られないから、学校まで持ってきたのだろう。変にたらい回しされるより、マシかもしれない。 「さて、こいつはスノードロップという花だ。 夏に長期休暇を取りつつ、春を告げるために準備をする植物で、水はけのいい土を好むんだけど」 そんな言い回しをされても、特徴がさっぱり理解できない。 この時期に白い花が垂れているのとみると、冬の終わり頃に花を咲かせるのだろうか。 「私に見せたってことは、何か意味があるんですよね? 毒とかあるんじゃないですか?」 「あるとしたら、花言葉のほうだね。 『あなたの死を望む』とか、確かそんな意味だったと思う」 「……誰から送られた物なんです?」 「それがさっぱりでね、送り主の名前もないし。 落とし物でもなさそうだから、扱いに困ってるんだ」 正直、これを送られてもその意味に気づけるない人が大半だと思う。 嫌がらせのつもりなのだろうが、あまりにも分かりづらすぎる。 もっと別の方向で頑張ればいいのに。 「宣戦布告、あるいは死刑宣告ってところじゃないかなあ」 花を送られた本人は、のんきに鉢植えを眺めている始末だ。 まるで効果がないというか、やっていることが不毛すぎて言葉も出ない。 こんなことをしている暇があったら、銃火器の一つでも持ってこの人の家に突撃すればいいのに。 「本当に殺しに来るかどうかは、分からないけどね」 彼は肩をすくめた。 師匠は『魔界』に住む人々と交流を持っている。 ある日、突然現れたその世界のことを誰もが危険視していた。 その中で、師匠は自らその世界に飛び込んだ。 自殺行為と言っても過言ではなかった。 その世界にいる人たちと交流し、見事に帰還した。 彼はその行為を今もなお、続けている。 『魔界』を理解している人物の一人であると同時に、人間界にとっては危険分子でもあるのだ。 政府公認の検閲官の下、『魔界』から持ち込まれた書物は全て破棄されている。その本を片手に彼は、今日もこうして講義をしている。 彼は処刑されてもおかしくない状況にあるにもかかわらず、私たちに向けて講義をしている。 政府からの圧を『知識』でもって、対抗しようとしている。 「俺がマジで死ぬことになったら、義務教育の敗北を素直に認めるしかないだろうね。自分たちから『知識』を投げ捨てに来るようなもんだし」 「そんなものを認めないでください」 仮にも自分が大学教授であることを分かっているのだろうか。 そんなことを言ったら、この講義だって無意味になってしまう。 「それでね、この花はおっかない意味が広がりすぎてしまってて、本当の花言葉を意外と分かっていないんだよね」 本質を誰も理解していない。 彼はそう続けた。 「希望とか慰めとか、春の植物らしい言葉があるんだってさ」 なるほど、この時期に咲く植物らしい言葉だ。 寒さが続いているとはいえ、春の足音もだんだんと聞こえている。 春を告げるために咲くというのもうなずける。 そう考えると、なんとも不遇な植物だ。 見た目に反して怖い意味を持っているから、そちらの悪い意味ばかりが広まってしまったのだろうか。 「もちろん、死の言葉に繋がる根拠もあるよ。 けど、そんなことばかり気にしててもしょうがないだろ?」 「理由はあるんですね、一応」 「こじつけもいいところだけどね。 まあ、そんなこと言ってたら情緒ってもんが失われるだろうし」 それはそれで、おもしろくないだろ? 彼は皮肉っぽく笑う。 「情緒って……師匠に一番縁のない言葉じゃないですか」 「知識はただの事実だからねえ。そこに私情を挟むのが人間だし。 花言葉も捉え方も自由みたいだから、俺はこの贈り物を悪いものじゃないと考えることにした」 「ポジティブですね」 「だろ? さしずめ、天邪鬼の贈り物ってところかな?」 「性悪賢者のまちがいじゃなく?」 「いいね、悪くない」 『魔界』の人々にとって、彼は希望でもあり慰めでもある。 彼らにとって、逆境を超えるための望みだ。 彼を失ってはならない。 今後の未来のために、大学側も必死に守っているのだ。 終了を告げる鐘が鳴った。 ここで過ごせる時間も長くはない。 授業が終わりも近づいているのだった。
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