冬の街

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冬の街

初めての北海道の冬は、橋口柾(はしぐちまさき)と三澤史(みさわちかし)にとって過酷だった。 10℃を下回れば今日はとても寒いですね、とニュースキャスターが報じる東京。北海道では、10℃もあれば珍しく暖かい日となる。 氷点下の街を歩くためには、滑り止めを張った靴にマフラー、手袋が必須だ。 どか雪が降れば、朝早くから人々は家の前の道を開けるためにぞろぞろとスコップ片手に出てくる。そこを開けないと、マイカー通勤は不可能だ。 外を歩く人々は寒さに身を縮めて、滑って転ばぬように、注意深く足下を見つめて早足で歩く。 外が寒い分、建物の中は暖かい。 札幌に転勤になった史が住むマンションは、単身者用だった。そう荷物も多くなく引っ越しも済んだが、問題は柾だった。 史の電話を受けて、着の身着のまま会社を飛び出した柾は、当然上司からがっつり怒られて呼び戻された。しかしそれにめげることなく自分から北海道への移勤を申し出た。 そして、さらに。 「な…んだって」 「すみません…あの、俺…」 「………全く、もう」 「ごめんなさい…勝手に」 「……いいよ。こっちではいずれ、言おうと思ってたから」 「史さん…」 「わかったから、早くそっちの引継、終わらせて来い」 「はいっ!」 勢い余った柾は、会社を飛び出して無断欠勤した理由を問いつめられて、史を追いかけて行ったことを白状した。そして、史のことをよく知っている上田に、史を愛しているとまで打ち明けた。 (あんな直情的だったっけ…) 史は苦笑いした。電話をしたのは自分だし、すべてをなげうってついてきてくれたことには、感謝してもしきれない。 しかし今柾は、東京に呼び戻され必死に引き継ぎ作業に追われている。 この一人用のマンションに残っているのは、柾と初日に買った部屋着のみ。 柾からの電話を切って、史はため息をついた。    明日の月曜から、札幌支社の仕事が始まる。 柾が果たして無事に移勤になるのか、はたまたクビになってしまうのか、詳しいことはわからない。それどころか、自分が新しい職場に馴染むことが最優先で、柾のことを気にしている場合ではなくなる。 なのに、史は今、柾が恋しくて仕方なかった。 新しい家についたその日は、慣れない北国の凍てつく寒さに驚いた。夕食を外で済ませ、帰るとすぐに風呂を沸かし、身体が冷えないうちに早々に布団に潜り込んだ。 一人用の狭いベッドにむりやり二人の身体を押し込んだ。柾は史にキスをして、疲れからか、あっという間に眠りに落ちた。史も、柾の腕に安心しきって、今までになく熟睡した。 柾が東京に呼び戻されてから、史は何度も電話をかけようと試みていた。その都度、忙しいだろうか、重いだろうかと、逡巡してはやめる。 何年も、自分から他人に歩みよることを避けてきた。柾はそんな史の背負った業もひっくるめて飛び込んできた。 受け入れることは出来ても、まだ自らその腕に身を委ねることは難しい。 そのくせ、ひとりになると、ひどく寂しい。 (あいかわらずめんどくさいな、自分…) 窓の外を見ると、しんしんと雪が降っている。 東京に降る雪とは勢いが違う。東京なら明日はニュースになって、渋滞や事故が多発する量だが、ここに住む人々にとってはたいしたことではないらしい。 史はカーテンを締めて、ベッドに入った。 新しいシーツにほんのり残る、柾の香り。 ちょうどいいサイズのはずのベッドが、なぜか広く感じる。 「いつ帰ってくるんだよ…」
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