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どんよりと重い空気の週末が過ぎ、月曜日に柾は覚悟を決めて出社した。 会社につくなり、柾は持田を人気のない階段に呼び出した。 「持田さん……ちょっといいすか」 「あ、おはよう橋口くん」 あの夜の真相をどうしても聞かなくてはならない。どうしてあんなことになってしまったのか、持田にしか理由がわからない。 かなりの意気込みで声をかけたのに、持田は笑ってあっさりと席を立ち上がった。 「こ…この間のことなんすけど」 「え?ああ、ごめんね、俺寝ちゃっててさ。無事に帰った?」 「え?あ、はい、帰りましたけど…」 「そうそう、忘れ物してったよ。今日持ってくればよかった、ごめん」 「わ…忘れ物?!」 「うん、ベルト」 「べッ………」 柾は頭を抱えてその場にへたりこんだ。これは、確定なのではなかろうか。 持田はいつもの笑顔で、とんでもないことをつらっと言った。 「橋口くん、まさか覚えてないとか?」 「えっ?いや、あの」 「まあ確かに飲んでたけど…忘れちゃったの?残念だなー」 「す…すみません、あの俺何で持田さんと…」 「何でって…そういう雰囲気になったからでしょ?橋口くんタチだし、俺ネコだし」 めまいがする。そんな雰囲気になった覚えは全くない。 史と付き合うことになってから柾はどんな男にもまったく興味が持てなくなった。 たまたま職場の同僚がネコだったからと言って、酔った勢いでどうにかなりたいと思うはずがない。そこには自信があったはずなのに。 「持田さん!あの、大変申し訳ないんですが、この間のことは忘れていただきたいんですが…」 「……え?」 持田の顔が曇った。ゆらりと近づいてきて、柾の後ろの壁に両手をついて、壁ドンの体制になる。 「なに、それ。ひどくない?」 「す…すみません…でも、あの…俺、好きな人、いるんで」 「……ゲイなのに、なにそんな女子高生みたいなこと言ってんの。お互い納得済みだったじゃん。そもそも俺らみたいなのは、身体の相性が良ければ付き合ってなくても出来んだから…関係なくね?」 持田の口調が荒くなる。おそらくこちらが本性だろう。あんたみたいなのと一緒にしないでくれ。 とんでもないのにひっかかってしまったと柾は激しく後悔した。 「それに、今は仕事で一杯で、そんなこと考えてないみたいなこと言ってたよねえ……もう一度聞くけど、本当に覚えてないの?」 「お……覚えて…ないです…」 「ふーん……」 持田は壁ドンをやめて、一歩後ろに下がった。いつもの笑顔にもどっている。その変わり身の早さが、柾には不気味に思えた。 「まあいいや。悪いんだけど、忘れるってのは無理かもなあ……言ったよね、俺、橋口くんタイプなんだって」 「………」 「その好きな人と、付き合ってるわけじゃないんでしょ?」 あの朝、傷ついた顔をして近づくな、と叫んだ史。もう二度とあんな顔をさせないと決めたのに、状況はどんどん悪い方へと転がっていく。 柾は何も言えず黙っていた。 「付き合ってないなら、俺にもまだチャンスあるってことで、いいよね?」 持田は柾の答えを待たずに階段を降り始めた。 と、急に足を止め振り返ると、柾を見上げて持田が口だけの笑顔で言った。 「橋口くんの好きな人ってさ……噂になってた人事の三澤さん?」 「えっ……」 持田の目が笑っていないことに、柾はぞっとした。 危険だ、と思った。 この感覚、覚えがある。嫌な記憶が蘇る。 また史を危険に晒すわけにはいかない。少し間を置いて、柾はきっぱり答えた。 「違います」 「そっか~」 持田は今度は顔全体で笑顔を作り、階段を降りて行った。 『あ、もしもし、持田です。 ええ、はい、そうですね……確定で。え?いや違うんですよ、はは。うまいこと信じてるんで、そういうことにしておこうと思って。その方があとあと使えるじゃないですか。ええ……先輩はどうですか?あ~……そうですか。 じゃあまた、何かあったら言ってください。こっちも逐一連絡しますんで。はい。じゃあ失礼します』
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