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ある昼下がりの午後。
家の居間に雪華とカイトの二人はいた。
カイトは真剣な顔で雪華の原稿に目を通しており、雪華は緊張しながらその姿を見守っていた。
今日は休日。
カイトが経営する出版社『Light』に載せるための原稿の打ち合わせを雪華の家で行っていた。
あの後。愛梨との対決で書いた原稿は『ドリーム文庫』の雑誌の方で掲載予定となった。
愛梨との対決との時にカイトは岩瀬にキッパリと雪華はこの出版社では書かないと宣言をした。
雪華も当然『背景、大嫌いな先生へ』の出版権は『Light』が得るだろうと思っていた。
本来ならば出版権はドリーム文庫と作家契約をしている為、ドリーム文庫側にあるのだが、作家自ら載せたくないと断れば、著作権などにより出版社側は無断で作品を載せることは出来ない。
作者である雪華に著作権があるのだが、カイトは雪華を『Light』の看板作家として迎えると言っていた。
ならば、当然愛梨に勝てた作品である『拝啓、大嫌いな先生へ』は『Light』側が掲載するのだと雪華は考えていた。
雪華としてはこの作品が『Light』に掲載されるのは異論は無かった。
もちろん今まで書かせて貰った『ドリーム文庫』には感謝している。
だけど、雪華はカイトと『Light』を選んだ。
ならば必然的に『Light』に載せるのだろうと考えていたのだ。
しかし、カイトはそれをあっさりと否定し、『拝啓、大嫌いな先生へ』を雪華がドリーム文庫で書く最後の作品として掲載の提案をし、『Light』の方では新しい作品を書くように言ったのだ。
こうして、雪華は現在カイトと新しい作品に向けて打ち合わせをしている。
カイトは短いため息を吐いたあと、バサリと原稿をテーブルの上に置いた。
「全然ダメだな……」
「そんな!ダメって、どこがダメなんですか!?」
「主人公とその相手役の恋愛要素やシチュエーションは良い。だけど、話の展開と演出がイマイチだ。これじゃあ、どこにでもあるありきたりストーリーと一緒だ」
「うぅ~~」
カイトにバッサリと言われて、悔しそうな表情を雪華は浮かべた。
彼が言っていることはもっともであり、雪華も納得は出来ている。
だけど、言い方がどうにも気に入らない。
そんな雪華の顔を見て、カイトは容赦なく彼女に告げた。
「リテイクだ。書き直し」
「分かりました……」
「どうした?腑に落ちないという顔しているな」
「作品の足らない所は理解しています。でも、嵐山さんの言い方がムカつくんです」
頬を少しだけ膨らませながら拗ねる雪華にカイトはくっと笑った。
「そんなこと今さらだろう。それに俺が作品に対して優しい言い方はしないってことぐらいお前も知っているだろうが。それとも、お前このくらいで諦めるのか?」
「なっ!?バカにしないで下さい!?このくらいなんかじゃ諦めません!?それに絶対に面白いものを書いてみせます!」
挑発するカイトの言葉に雪華はムキになってカイトに言い返す。
強気で言う彼女の顔を見て、カイトは少しだけテーブルの方に身を乗せ、手をついた。
彼は彼女の顔に顔を近づけると、彼女の唇を塞いだ。
「んっ……」
突然、彼からキスをされ雪華は内心驚いたが、
彼から交わされるキスは甘さと愛しさを孕んでいた。
次々と角度を変え、熱を帯びる愛しさを雪華は感じる。そして彼は彼女の唇を離した。
彼から開放された雪華は真っ赤な顔をしながらカイトへと熱い視線を向けた。
カイトはそんな彼女の顔を見ながら、愛しさを感じる。
そして、彼は何か言いたげな彼女の耳に唇を寄せて甘く囁いた。
「俺に面白いって言わせたら、ご褒美をやるよ」
ニヤリとした意地の悪い笑みを浮かべてカイトは雪華にそう告げた。
その言葉を聞いた雪華は気恥しさを感じながら、わなわなと震えながら。
「絶対に、絶対に面白いって言わせてみせますからね!覚悟して下さいよ!!」
そう彼に軽く睨んで宣言した。
雪華挑戦的な表情にカイトは不敵な笑みを浮かべる。
だけど、雪華はそれを見て内心では喜びを感じていた。
彼と本気で作品を作れることに対して嬉しさを見出していた。
きっと、彼とならこれまで以上に面白い作品を作ることが出来る。
意見を交わし、アイデアを出し、作品の面白さを追求し、けして妥協は許さない。
そんな彼だからこそ、信じられる。
そして何よりも、誰よりも大切なで愛おしい人だから互いを認め合えている。
雪華はそんなことを思いながら、カイトに言われたリテイクをする為にテーブルに置かれた原稿を手に取った。
(終)
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