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カイトは出版社から少し離れた公園に連れて来ていた。
自然豊かな森林も多く、広い公園だが人の数は疎らに感じられた。
出版社からここまで連れて来られる間カイトは何も話さなかった。
彼が口を開くのを待っていたが、まだ一向に話そうとしないのを見て、雪華は彼に戸惑った表情をしながら訊ねた。
「嵐山さん、あのどういうことですか?私を嵐山さんところの看板作家にするって」
「え?何って、そのまんまの意味だけど?」
「そうじゃなくって、ちゃんと説明してください」
「あーもう、ごちゃごちゃうるせー」
カイトは「はぁ……」と面倒くさそうにため息を吐いたあと、雪華に近づき、彼女の唇を塞いだ。
「んっ……」
突然、彼から口付けをされた雪華は困惑と羞恥心を感じて顔を真っ赤にする。
そして。
彼が彼女の唇を離したあと、彼と目がカチリと合う。
「お前が欲しくって、手放せなくなった。だからお前を奪ったんだよ」
カイトの言葉に雪華は胸がドキリと高鳴った。
彼は雪華を見て今まで見たことがない愛しそうな表情をした。
「お前さ、あの手紙は卑怯だろう。あんなもん読んだら手放せなくなるのは当たり前だ」
そう告げるカイトに雪華は自分が置いていった手紙の存在を思い出す。
彼に宛てた手紙を彼はちゃんと読んでくれていたのだ。
「俺はあの時、お前と離れたあと、妹の病気を治療するためにアメリカに飛んだ。あの時の俺はお前のことが気になり、惹かれていた。だけど俺は妹が大切だったんだ。親父達が死んで俺が今まで守ってきた大切なたった一人の家族だった。あいつを幸せにしてやりたいと思っていたんだ」
カイトの話を聞いて雪華は痛いほどカイトの気持ちが理解出来た。
大切な人の為に何かをしてやりたい。
その気持ちは雪華にとって痛いほど理解出来たのだから。
「だけど、妹の手術は失敗し、妹は死んでしまった。そのあとの俺は自分で言うのも何だかかなり酷いもんだった。一時期ヤケになっていたんだ。だけど、そんな時。岩瀬が俺にお前の本を送ってきたんだ。元々お前の書いた本の献本は1冊だけ俺が読もうと思って持って行っていたんだ。きまぐれに俺はお前の本を読んだ。
大切な誰かを想う気持ちと、前に一歩踏み出す勇気。何より自分の意思で未来を切り開く想いが伝わったんだ。感動した。作っている最中にも良い作品だと感じはしたが、それ以上に感動したんだ」
カイトは一度言葉を切り、そして続けた。
「そのあとの俺は止めていたプロジェクトを再開させた。そのプロジェクトの関係でこっちに戻ってきたんだ。だけど、こっちに戻ってきたのは良いんだけど、予想以上に向こうで資金とプロジェクトの方に金を使ちまったせいで、それで尚且つ何かの手違いで契約していたマンションも契約手続きが取れず、家も金もない状態で途方にくれていた時にお前の爺さんと会ったんだ。本当は俺はお前と会うつもりはなかった。最初の頃はすぐに家を出るつもりだった」
「………………」
「だけど、お前は作品を書けなくなっていた。すぐに俺がお前の担当を降りたせいだと気づいた。だからその罪悪感からお前の作品を見てやっていた。だけど、書けなくなってからもお前は前に進もうと足掻いていた。たった一人で。そんなお前を見て、またお前に惹かれ続けたんだ」
(嵐山さん、そんな風に私のことを思ってくれていたんだ……)
雪華はカイトの話を聞いて、心から嬉しさを感じた。
彼は罪悪感からだと告げるが、自分の作品を見ている時の彼はいつも真剣そのものだった。
だからこそ、そんな彼を雪華は今まで信じていたのだ。
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