異質の者

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異質の者

 茶屋の中へと招かれた語り部とキョウは向かい合わせに座る。直ぐに看板娘が草履を鳴らして二人分の温かな茶を出した。  とても優雅な仕草で湯飲みを持ち茶を啜る語り部に、若い娘はほんのりと頬を桜に染めたのだが、盲の語り部にそれが分かるはずもない。が、湯飲みを置いた男は確かに娘のほうに顔を向けて、穏やかに微笑みかけた。 「とても美味しいですね、娘さん。良い茶を使っているのですね」 「はい! あっ、いいえ! あっ、お団子持ちしますね!」  パタパタと奥へと引っ込んでいく娘を見送って、語り部は面白そうに笑った。 「若いということはそれだけで美しいといいのですね。私のような者に頬を染めるなど」 「ヨリ様は見た目だけなら美しいと思いますが?」 「おや、見た目だけとは聞き捨てなりませんね、キョウ。私は心も美しいのですよ」 「あははっ、面白い冗談ですね」  主人だろう相手を前に笑い飛ばす失礼千万なキョウだが、恐れた様子はない。それは、このくらいの言葉遊びで主が気分を害することはないと分かってのこと。この程度はまだ、じゃれあいのようなものだ。 「お団子、お待ち遠様」  先ほどの主人自らが団子の皿を運んでくる。美味しそうなみたらしが五本、あんこが五本だ。 「うわぁ……ご主人、太っ腹ですね!」 「ははっ、語り部をもてなすのは名誉なことだからね。それに兄ちゃんの方は食べそうだ」 「あっ、はは。そうでもないんですが。でも、お団子は大好きです!」  「いただきます」と手を合わせ、早速団子を頬張るキョウに茶屋の主人は嬉しそうに笑う。その前ではヨリが綺麗な仕草であんこのたっぷり乗った団子に食いついた。 「美味しいですね。控えめで上品な甘さが好ましいです」 「分かってくれるとは、嬉しいものです。ここいらじゃ美味しいと有名なんですよ」 「ふふっ、本当に」  微笑みながら幸せそうに団子を頬張る二人に、主人も満足そうに笑っている。そうしてペロリと平らげると、今度は娘がお茶のおかわりをくれた。 「もてなし、感謝いたします」 「いやいや、こちらこそ良い語りを有難うございました。怖くて笑って、大変でしたよ」  そうまで言うと、主人は少し疑問そうに語り部を見た。 「だが……貴方は少し変わった語り部ですな」 「ん?」 「いや、こういう商売をしてますと色んな噂も耳にしましてね。そこに聞く語り部って人達はあまり、怪談話をしないと聞きまして」  主人の言葉に、語り部ヨリは「あぁ」と小さく呟いた。  語り部は各地を回り、物語を語って聞かせる。紙など貴重過ぎてよほどの貴族でなければ使えない世の中で、語り部は旅をしながら物語を集めそれを民衆に語り娯楽を与える。  持たぬ彼らは語らう事でその日の糧を得、宿を得る。そうしてまた、各地を転々と流れるのだ。  とはいえ語り部も人である。暗いよりは明るい話を語る者が多い。笑話、恋話、伝説、歴史。それぞれ得意とするものはあるが、あまり怪談や悲話を好んで披露する者はない。  そこにきてヨリは、少々異端であった。彼は怪談や悲話を好んで語る。時に嫌な顔をされ、耳を塞がれ、煙たい顔をされても彼は何故かそれを止めようとはしないのだ。 「ヨリ様の性格ですよ。この人、ちょっと意地が悪くて」 「これキョウ、主を捕まえて意地が悪いとは何事ですか」 「では、もっと受けの良い話をなさいますか?」 「嫌ですね」  ふいっと顔を逸らすヨリに、キョウは苦笑を漏らすのだった。 「それに……失礼かもしれませんが、盲の語り部というのも聞いた事がございませんで。噂じゃ語り部ってのは人の眼を見る事で相手の心が読めるとか。ありゃ、本当なんですか?」 「えぇ、その通りですよ。語り部の目は生まれつき、人の心を読みます。故に嘘や隠し事はバレてしまいますので、お気をつけくださいね」 「そらおっかない! だが……貴方は見えていないんですよね?」 「えぇ、ご覧のとおり」  ヨリは見える様にと僅かに前髪を上げて主人の方へと顔を向ける。長く白い睫毛が煙るような目元。だがやはり、目は開かない。 「旅暮らしは危ないでしょうに。廃業する気はないんですか?」 「ございませんよ。大した不便もしておりません。先ほども申しましたように、感覚は鋭い方です。何より優秀な用心棒がおりますので、不届き者は追い払ってくれます」  名を上げられたキョウが苦笑し、人好きのする顔でぺこりと頭を下げた。 「確かに立派な体躯だ。だが、ここいらも平和とは言えないですしね」 「と、言いますと?」  ピクリと、ヨリは主人の言葉に反応する。先ほどまでの朗らかさが一瞬揺れる感じに、主人は僅かに緊張したようだった。 「いやね、この村を出て少し行った、丁度峠の入口から奥に入った辺りに荒ら屋があるんだが……出るらしいんだよ。その……」 「魔物、ですか?」  躊躇いなくその存在を口にするヨリに、主人は恐れたように唾を飲み込む。そしてただ、頷いた。  魔物()とは、人の魂が強い恨みや未練によって、何かしらに取り憑いた悪鬼を指す。人を食らい、災いをもたらすものとして恐れられているのだ。  魔物はたやすく去りはせず、魔払いを生業とする者も少なからずいるが絶対ではない。故に用心するより他になく、遭遇した者は天災にでも遭ったのだと諦めるか、死に物狂いで逃げるしかない。  ヨリが得意とする怪談話は、この魔物が主役と言っても過言ではないのだ。 「昔、事件があったらしいとは聞くのですが……何せ古い話でしてね。旅人や商人が犠牲になっているらしいのです」 「具体的には、どのような?」 「はぁ……。声が聞こえるらしいのです。若い娘の声色で、助けを求めるのだとか。その声に魅入られると誘い込まれ、食われてしまうと聞いています。私も何度か捜索にかり出されたんですが、結局散らばった荷物しか見つけられなくてね」 「それって、大変じゃないですか。村長さんとかは、何か手を打っているんですか?」 「魔払いを頼みたいのは山々ですが、そう簡単でもなくてね。祈祷もしたらしいんだが、一向になくならない。高い金だけ取られて、とんだ詐欺にあっちまったよ」  茶屋の主人の言葉を聞いていたヨリが、ズズッとお茶を啜る。それをコトリと卓に置くと、徐に立ち上がった。 「美味しいお茶とお団子を、有り難うございました」 「あぁ、いや」  馬鹿丁寧に腰を折るヨリに、主人のほうが恐縮して頭を下げる。少し困った顔をしたキョウもまた会釈をして立ち上がった。 「あの、よければ一晩泊ってゆかれませんか? 大したもてなしも出来ませんが、部屋は余っております。今の時間から出たのでは、例の峠にさしかかったくらいで日が落ちてしまいますよ」  心配した主人が遠慮がちに声をかけるが、ヨリはそれににっこりと微笑んで首を横に振った。 「お気遣いを頂き、有り難うございます。ですが、ご心配には及びません」 「ですが……」 「この人、言い出したら聞かないんです。それに、こんな事は旅暮らしではあることですから慣れっこです」  明るく言うキョウに、主人は今度こそ「そうですか」と引き下がった。  日は既に地平の向こうに沈もうとしている。茜の僅かな色を残し、紫から濃紺へ。春の初めの夜風が体の芯をうそ寒くするようであった。
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