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母子の悲劇と救済の語り
昔々、この場所には母娘が二人きりで住んでいた。山菜を取って近くの村に売り歩く母娘を、村の者も快く迎えていた。働き者の母娘で、村で何かがあれば快く手を貸す。人当たりが良いこともあり、誰も邪険に思わなかったのだ。
加えて、この家の娘は器量がよく働き者で、明るく親切であった。その為村の若者は娘を気に入り、嫁にと狙って茶に誘ったり花を贈ったり。
だがこの娘は村長の息子と良い仲で、娘が十八になったら祝言をと、親同士も話が進んでいたのだ。
そんな、ある日の夜だった。戌刻から亥刻へと移ろうという頃、戸を叩く者があった。
母がそろりと戸を引くと、男が一人立っていた。
「すまないが、一晩の宿を頼めないだろうか? 峠を越えたはいいが足を痛めちまって」
「そらぁ、気の毒に」
母は男を土間へと通し、もてなしてやった。娘もこれといって疑問に思う事もなかった。
過去に何度も、この男のように峠を越えたが日が暮れて困った旅人や商人を泊めてやったことがある。皆お礼にと、遠い町の話を聞かせてくれたり、食べ物を分けてくれたりした。
親切な母娘はいつの間にか、人を疑うという心を忘れてしまっていたのだ。
旅の男は丸腰で、これから出稼ぎに行くのだと言っていた。この村はもう数日行くと港町へと通じている。峠のすぐ麓とあって、小さいながらも往来は多く、宿をとる者も多い。この男のように出稼ぎに出る若者も多く通る。
母娘は男の話をしばし楽しみ、男に土間の一角を貸して眠りについた。
が、草木も眠る深い時間、突如響いた悲鳴に母は飛び起きた。
「おっかぁ! 助けて、おっかぁ!」
見れば男は娘に馬乗りになり、帯で手を縛り上げていた。乱暴な言葉と怒号、振り上げられる拳。綺麗な顔に痣をつくった娘が泣き叫んでいる。
母はどうにかしようと立ち上がり、男に飛びかかった。が、男に敵うわけがない。乱暴に振り払われて床に転がった母へと男は向き直り、手に大きな鉈を持った。
母は目を剥いた。長年藪を刈り、邪魔な木々を払い、薪を割ったそれが母の肩に埋まった。
「いやぁぁ! おっかぁぁ!」
縛り上げられ動けない娘が叫ぶ。ドサリと崩れた母を放置し、男は娘の元へと戻っていく。
憎い……憎い! 何故こんな事をするのだ。私が、娘が、何をしたというのだ!
あぁ、憎い……憎い……ニクイ。殺シテクレル……コノ恨ミ、決シテ許スモノカ!!
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