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ところが、寝ないんだ。
マッシュは、毎晩毎晩、サンダー・キッドに寄り添って、彼が眠気を催すまでお話を聞かせてやるんだけど、八話か九話も話してあげないと、眠りに落ちない。
マッシュは、人間童話集じゃないんだよ。いつか頭がおかしくならないかと、心配しちゃうよ。
マッシュの住む悲しみ団地と、僕の住む暗やみ団地は、ロトン・アレー
(腐敗路地)を挟んで向かい合っている。
実はね。この通りを渡ってわざわざ悲しみ団地に行かなくても、マッシュを呼び出す方法を生み出しだんだ。ちょっと大変だったけど、ただ自分の足で歩いていくより、ずっと面白いからね。
僕は、暗やみ団地の玄関ホールに出た。ここに、昔は団地の集合ポストとして使われていた、スチール製の棚がある。ほら、四角い、小さな銀色の箱が、ズラリと並んでいるアレさ。サビだらけになってしまったけど、今でもちゃんと使える。子供達の持ち物を入れる宝物箱として、一人に一つずつ、与えられてるんだ。
僕の名前の書かれた箱の扉をそっと開ける。
すると、中からシーブス(盗賊)がピョンピョン跳ねながら、僕の手に乗ってきた。小さくてつぶらな瞳で、僕をじっと見上げる。お仕事だってわかってるんだ。
シーブスはとても賢い、小さな鳥だ。全体に茶色で、クチバシは細くて、ギザギザしてる。
まだ子供の鳥だった頃、シーブスは、ワイルド・キャットのクッキーを、彼女の手から奪い取ろうと飛び掛かって返り討ちに会い、叩き落された。自分でしたくせに、ワイルドキャットはヘタばった鳥を見てパニックになり、僕の所に持って来たんだ。僕は獣医じゃないんだけどね。
僕の看病のお陰というよりは自然の力で、シーブスはすぐ良くなったけれど、僕に懐いちゃってね。野生に戻らなくなっちゃった。そんな事情で、今は僕のペットだ。
シーブスを手に乗せたまま、外に出る。
一言「マッシュ」と囁くと、シーブスは、さっと飛び立った。迷う事なく、悲しみ団地の窓めがけて一直線。窓ガラスが一枚も残っていないのも、時には逆に便利だ。ぶつかる心配がない。
そのまま待つこと、約三分。悲しみ団地から、マッシュがアクビをしながら出てきた。シーブスの方は、マッシュにご褒美の砂糖でも貰って、今夜は、マッシュの毛布でおねんねするだろう。
「サンダー・キッドはもう寝たのかい?」
と聞くと、
「いいや」
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