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「見て。バナナ!!」
思いのほか近くから、夢香の声が聞こえてきた。
あわてて木の影に身を隠す。
ふたりは、道の向こう側から、頭上のバナナを見つめていた。
「ああ、あたしバナナ食べたくなってきちゃったなあ」
「じゃあ木に登って取ってこれば?」
「もう涼くんってば! オサルさんじゃないんだから!」
よく見れば、夢香は涼のシャツの袖口をちょこんとつまんでいる。
手はつないでいないが、ほとんどつないでいるような格好である。
私はギリリとくちびるを噛んだ。
夢香が小さかった頃は――よく一緒に風呂に入ったものだった。
わざとひげを剃らないで、「それっ、じょりじょり攻撃」などとふざけて、頬ずりしたこともあった。
「やめて、お父さんやめて」
ケラケラ笑いながら、夢香は嬉しそうだった。
近頃じゃ、私の前であんな笑顔はめったに見せない。
昔は「お父さん、だいすき」なんて言ってくれていたのに……。
やはり父親よりも彼氏がいいのか。
哀しいような空しいような気持ちになる。
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