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真意の在り処(1)
私たちが今座っているこの場所が、さっきまであんなに明るく賑やかだった食堂だなんて思えない。窓も扉もかたく閉ざされ、深い藍色した真夜中の空気で塗りつぶされたこの場所はひたすら静かで……まるで牢屋みたいだ。
テーブルの上に一つだけ置かれたウルカスさんの手持ちのランプが、前の席に深々と腰掛け、険しい表情をしたままのエルクさんの顔をゆらゆらと照らしている。
エルクさんは、ただただ静かに目を閉じ、唇を真一文字に結び俯いたまま座っている。さっきの激昂した姿より、今のほうが怖く感じてしまう……。きっとまだすごく怒っておられるに違いない。
オウルさんを助けたい! という一念だったとはいえ、あんなふうに約束を破ろうとしてしまったのだもの……大好きなエルクさんに対して、大変なことをしてしまったんだ……! 冷静になってくると今まで心の隅に押しやっていた後悔の気持ちが、さざ波のように押し寄せてきて、身体が小刻みに震えてきてしまう。
エルクさん、ごめんなさい……!
ラーテルさんも、私の腕を握ったままのレトも、エルクさんをまっすぐ見れなくて下を向いている。サクヤだけはいつもの調子でテーブルに肘を付き、あごを載せ不機嫌そうに頭をさすっている。
耐えれない程の静けさ、その中で、私の胸中では色々な感情がぐるぐる渦巻き続けている。苦しい……けど、それじゃあ行きません、ってあきらめるなんて、私、やっぱり出来そうにないよ!
不意にエルクさんが目を開け、顔を上げた。怒られる?? 私は緊張で耳をぴくりと震わせ、目をぎゅっとつぶってしまった、のだけれど……?
「……行ったようだな」
エルクさんの口からついて出た、予想外の言葉にびっくりしてキョトンとしてしまう。そんな私の前で、腕組みしたままのウルカスさんも目を開けた。
「……ああ。外壁から気配がなくなった。報告でもしに戻ったんだろう」
私の他にラーテルさん、レトも慌てて窓を振り向く。え? 外壁? 気配? ここからは何も見えないけれど……何がなんだか分からず二人の顔を交互にうかがうと、
「今のは外の見張りを欺くための芝居だ」
エルクさんが答えてくれた。外にいた見張り? 芝居?
「昼間の出来事を知った何者かが、お前たちがオウルの加勢に向かわぬか、もし向かったとならば、王命に背いたとして報告すべく、外で見張っていたのだろう」
昼間の出来事って……! ソロルとの一連のケンカを真っ先に思い出す。ということは魔法ギルドの誰か、なのかな……? それに先に気づいたエルクさんは、私たちが罰せられないよう、止めて、守ってくれたってこと? エルクさんは眉根を寄せ、何かいおうとして、言ってもしようがないと思いとどめたらしく小さく首を振った。
「人数を絞りたいところだが……止めても無駄なのはわかっている。逆に下手に分かれるより、全員自室で謹慎とし、姿を見せない方が隠し通しやすいだろうしな」
え? 姿を見せない? 隠し通しやすい? 止めても無駄? そ、それって。それってもしかして?? 目を見開いたままの私たちをまだ見ず、エルクさんは隣に座っていたジャンさんに声をかけた。
「ジャン、さっきの話に戻るが、冒険ギルドでの話は本当なのか?」
寝起きでぼさぼさの髪のまま、わけもわからずといったふうに、さっきと同じ席に座っていたジャンさんは、急に話を振られ、またまた驚いたようだったけれど、二度首を大きく上下に振って答える。
「え、ええ、確かです。今回長期の休暇をとってきたので、明日冒険ギルドで確認し、俺もティーナに向かう予定でした」
エルクさんはウルカスさんに目配せして、再び目を伏せ……まさに苦渋の決断と言った様子で、重たい口を開き、
「……お前たちも行ってこい」
かすれた声でぽつりと、そうおっしゃった。
い、今、エルクさん、行けって、言ったんだよね? それはつまりオウルさんを助けに、港町へ行ってこいってことだよね?? 全く予想していなかった外出許可に、驚いてしまって、なんていえばいいかわからなくて、私をふくめ、みんな口を開けて固まってしまった、んだけど。そんな私の横で、突然、ラーテルさんが立ち上がった。
「エルクさん! あの……私……。刃を向けたりして……恩を仇で返すような真似をして、申し訳ありませんでした!」
頭を下げる。あ、ああ、そうだ。私も同じだ! 私も部屋を勝手に出ようとしてたんだもの!
「私も! 私も勝手に約束をやぶって、でて行こうとして……その、ごめんない! あ、す、すみませんでした……!」
慌てて立ち上がり、ラーテルさんの隣で、頭を下げる。
「この師にしてこの弟子あり、という言葉を知らぬお前ではないだろう。ラーテル、ひいてはアーミーも。これ以上責めてやるな」
すかさずウルカスさんがとりなしてくれた。なんだか……ふくみのある言い方だったけど……エルクさんも、もちろんそれに気付いたらしく、ムッとした顔して早口で、
「わかっている。とにかくお前たち、座りなさい」
うながされ、私達がもう一度頭を下げて席に着いたのを確認し、エルクさんが改めて話を始めた。
「事情はあれど、先日のあのダンジョンの件……お前たちを危険な目に合わせたオウルの判断はいまだ許せない、というのが私の本音だ」
危険な目、というのは、私がたまたま研修用とは違うダンジョンを見つけてしまい、そこにオウルさんが私たちを案内したことだろう。あれからだいぶ経っているけれど、怒り冷めやらぬ口調だ。
「……とはいえ、奴も彼女達を王城の下に残し、一人で向かうわけにはいかなかったのだろう。現にソロルやバルトがいたようだからな」
再びウルカスさんがオウルさんをかばう。バルトさん……憧れのヒトの名前が突然でて、胸がキュンとしてしまった。それがなんだか恥ずかしくて一人下を向いて……小さく深呼吸して平常心を取り戻そうとしたんだけど、なぜか隣のサクヤが私に代わってわざとらしく深いため息をついた。な、なんで、サクヤが? 動揺を見透かされて恥ずかしいのと、なんでそんなことするのかわからなくて、サクヤをにらむと、今度はテーブルに肘をついてあっちを向いてしまった。な、何なんのかなあ? もう。
一方のエルクさんは、重々承知の上だ、と返す。一応は納得しているみたいだけど、やっぱり眉は不機嫌に上がったままだ。
「しかし……オウルの居ぬ間に遺跡調査課を魔法ギルドの管轄にするなど、納得する訳にはいかない。なんとか止めたいが……無念だが今の私に議会をなんとか出来るほどの発言権は無い……」
エルクさんが悔しそうに下を向いた。
「とにかく奴らを黙らせるためにも、責任者のオウルには急ぎ戻ってきてもらわねばならん。かといって大々的に動くのはマズい……。今から信頼できる者を集めるには時間がかかりすぎる……だから、これしか方法はないのだが……」
エルクさんがすごく悩んでいるのがその口調と表情から伝わってくる。私は王都の政治について、詳しいことは知らないのだけれど、遺跡調査課って実は何かと問題になっている部署なのかもしれない……。だって私みたいに普通でない魔法を使う人が集まるところなわけだし、代表のオウルさんもなぜかわからないけれどアクマだし。
そんなことをふと考えた途端、急に背筋が寒くなってしまった。そんな問題児扱いの私達が、もし王命に背いたなんてバレたらどうなってしまうのだろう? ……けど、コワイからってオウルさんのこと見てみぬふりできる??
ぶんぶんと首を振る。
答えはもう決まってるんだから、余計なことは考えないようにしなくちゃ! そうこうしてるうちにも、エルクさんの話は続く。
「ティーナはオウルと縁の深い町だ。奴のことだからちょっとやそっとのことでくたばるとは思えんが……何かしら手こずっているのは確かのようだ。助けがいるのだろう。ジャンだけでは手が足りんかもしれん。頭数も多い方がいいに違いない……あそこは広いから」
あそこはっていうことは、エルクさんはもしかしてティーナの港町に行ったことがあるのかな? と、サクヤが横でニヤリと笑って、
「エルクもなんだかんだ言ってオウルの旦那と付き合い長いもんな〜」
「うるさい!」
茶化したもんだから、即座に怒られてしまった。もう、深刻な話をしてるのに、ほんっとサクヤってば、空気読まないんだからぁ。
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