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真意の在り処(2)
「エルクさん、俺も行きますから」
浮かない様子のエルクさんを力づけようとしてか、ジャンさんが頼もしく請け負ってくれた。エルクさんがジャンさんを振り向き、やっと表情をゆるめ頭を下げる。
「ああ、そうだな。ありがとうジャン。おまえがいれば心強い。すまないがオウルと。彼女たちのこと、頼めるか?」
「もちろんです。オウルさんには俺もたくさんお世話になってきましたし、それに」
一度そこで言葉を切って……え? ジャンさん、今私を見たような……気のせい、かな?
「もう誰も失いたくない」
ちくりと胸が痛む。ジャンさんも来てくれるなら頼もしい! けれど、その言い方、まるで昔誰かを失ってしまったかとでもいうようだ。昼のスプレーマムが思い出され、少し不安になっていると、いつの間にかエルクさんが私達の席へと歩み寄り、ちらっとサクヤを見下ろした。
「セルキーは確かに……コイツがいう通り、ぶっきらぼうで、大酒飲みで、口は悪かった」
エルクさん、昼に私とサクヤが話していた内容、キッチンで聞いていたんだ。私が目を丸くすると、いつものあの優しい目をして、腕を伸ばし大きな手のひらで私の頭をなでてくれる。
「が……根はとても優しく、懐も深く、面倒見もよくて、な。だからこそ彼女の真っ直ぐな言葉、声は多くの人の心に届いたのだ」
まるでエルクさん、セルキーさんに会ったことがあるみたい。私がじっとエルクさんの目を見つめると、ハッした顔で咳払いをする。
「……と言われている。私も彼女に憧れ、たくさんのことをその生き方から学んだ。彼女は大の子供好きだったから……だから……きっとお前たちを空から見守り、助けてくれるだろう」
エルクさんは私たちの前にしゃがむと、まずラーテルさんの肩を強く両手で抱いた。
「ラーテル! お前の気持ちは、その……理解している。思う通りにやっておいで。みんなを守るのは大切だが、ジャンの話ではないが、私はお前も大切だ。だからくれぐれも無理をしないように」
え……? ラーテルさん、泣いてる……!? いつもと全く正反対のか弱い姿で、隣で声を押し殺してポロポロ涙をこぼして泣くラーテルさんをみて、私は胸が締め付けられ……気づいたらもらい泣きしてしまった。エルクさんの言う通りだ。知らない間にラーテルさんにプレッシャーをかけてしまっていたなんて……私だってラーテルさんが大事だもの! 頼ってばかりじゃなく、彼女を、みんなを守らないと……! ラーテルさんが涙を手の甲で拭きながら頷くと、エルクさんも頷き返し、次はレトの肩を抱いた。
「レトは初めて会ったときと比べ、見違えるほど立派なお医者様になった。そのマイペースさと、類まれなる能力でみんなを助け、勇気づけ、安心させてあげて欲しい」
レトは少しびっくりしたらしく、耳をピクピクしながらエメラルド色の目をまんまるにしてかがやかせ、神妙な顔して頷く。
「うん……。医者はいかなるときも平常心! っていうのが、パパの口ぐせなんだぁ……よくわからかなかったけど……何となく、わかったよぉ……ボク……ガンバってみる!」
そして。エルクさんは最後私の前に座り、私の肩を抱き、もう片方の手で頭を撫でてくれた。
「さっきはすまなかったなアーミー。敵を欺くためとはいえサクヤのいう通り。優しく純粋で真っ直ぐなお前の心をたくさん傷つけてしまった」
そんな! 何も知らなかったとはいえ、私だってあんな言い方したりして、心優しいエルクさんを傷つけてしまったに違いないんだ! 謝らないと! 焦って謝ろうとした途端、押し殺していた感情が急に喉もとにこみ上げて、泣きじゃくってしまいそうになり、慌ててただ大きく首をふった。途端、大きな腕でギュッと抱きしめられる。
「アーミー! 母と言ってくれて、すごくうれしかったんだんだ……! ああ、お前たちを行かせたくない。でもこのままでは……。やはり私が……私が、代わりに……!」
大きな背に腕を回し、エルクさんの髪に顔を埋めてこっそり泣いて……ふとみやった視線の先。いつも無表情なウルカスさんまでもが眉間を押さえ、心から辛そうな顔をして、エルクさんを諫める。
「堪えろ、エルク。立場上無理だ。お前が行ったことが公になれば、かろうじて保てているこの均衡が……」
「ウルカス、わかっている!」
苛立ちを抑えきれないエルクさんの声と共に、私はさらに強くぎゅーっと抱きしめられた。
誰よりも私達を大切にしてくれているお二人だもの。のっぴきならない、複雑な事情があるに違いない。こんなに心配してくれているエルクさん達を、これ以上不安にさせたくない。自分で決めたことだから、私、ちゃんとしないと!
一つうなずき、エルクさんから離れ、涙をゴシゴシ拭いて、その鳶色の目をしっかり見つめた。
「エルクさん、さっきは私の方こそ、すみませんでした! あの……大丈夫です! みんなで力を合わせればきっと! オウルさんを助けてきます!」
エルクさんが……。よかった。小さく笑った。鳶色の目を潤ませながらも、「そうだな! お前たちなら大丈夫! 信じているから!」と、何度も頷き、私の背中を撫でてくれる。そして……。名残惜しそうに、私から離れると、再び立ち上がり、顎に手をやり首を傾げた。
「ティーナのダンジョンについては、私は知らぬことが多くお前たちにアドバイスをしてあげれないのだが、一つだけ。……昔、オウルが一度、あの町で実地研修をしたことがあった。その時、偉人の声を聞け、と寮生に伝記を読む課題を出していた。何か関係があるかもしれん」
「伝記ねぇ。伝記、ねえ〜〜」
それまで黙っていたサクヤが急に素っ頓狂な声を上げたもんだからびっくりして振り返る。サクヤってば、昼間もそうだったけど、あの絵本の内容にまだ、納得がいかないらしい。何が言いたげに腕を組み、エルクさんをジトーっと見上げる。あれ? エルクさん何だか気まずそうな顔をしてる? でもそんな私の視線に気づくと、すぐさま、「やかましい!」と言い返し、腕を組みなり一度深呼吸してサクヤを見下ろす。
「サクヤ、お前に頼むのは正直気に食わん。が、その底抜けの馬鹿力だけはあてにしている。頼んだぞ」
片目を開き、チラッとサクヤを見て言う。サクヤが私の方を振り向いた。う、な、なんだろう……身構えると、う、うーん。ウインク一つ、その後、いつものあの不敵な笑みを浮かべ髪をかきあげる。
「仕事放棄なんてできねえし、かといって旦那を見殺しにするわけにもいかねえしって、モヤってたけど行っていいなら話は別!」
う、うーん……意味深な流し目を送り、エルクさんに親指を立てる。
「愛するアーミーを全力で守る! という究極のミッションをこなしつつ、旦那も助けてくるさ! 任せとけって! な! アーミー!」
あ、愛って……、それに、な! って言われても……。
「サクヤ、あ、ありがとう……一緒に頑張ろうね……お、お気持ちはうれしいんだけど……その、警備は少し離れた所で、お願いしたいかな……? なんて」
「って、リアクション薄っ! 寒っ!」
男の子から「守る」なんて言ってもらって、恥ずかしいけれど、うれしいしっていう気持ちはもちろん、あるよ。普通なら「サクヤ、ありがとう! カッコいい!」ってなって然るべきなんだろうけど……その……。後のセクハラ行為を考えると面倒だし、イヤだし。なもんで、あいまいな、お礼と、笑顔しか向けれなかったんだよねぇ……ってサクヤってば、すっごい肩を落としてる。うーん、サクヤゴメンね。でも、ありがとう!(心の中で)
そんな私達をエルクさんは目を細め見ていたけど、すぐにまた神妙な顔して天井を仰いだ。
「とは言え、どうやってここから脱出させるか、だな」
あ、確かに! 行くことは決まったけれど手段を考えていなかったじゃない!? 外には見張りもいたみたいだし……ど、どうしよう? とジャンさんも含め、みんなで、顔を見合わせると一人、ウルカスさんがニヤリと口の端を上げて笑った。
「そのあてならすでについている。明日の早朝、ヘルマが馬車で新しい庭の苗木を届けにやってくる。ついでにその後、ティーナに毎週欠かせない、例のアレを納品するそうだ。しかもこの時期は量も多い……」
ヘルマさん!? ヘルマさんって確か前回の冒険の際、オウルさんと一緒に調査用のロープを買いに行った時に会ったおばあさんの名前じゃなかったかな? 灰色の髪を一つにまとめ、おだんごにして頭の上に結って、ズバズバ物を言う、やり手そうなTHE商人っていう感じのおばあさまだったはずだ(おばあさま、なんていったら怒られそうだけど)。 確か個人商店をされてて、子供さんはすごい大きな雑貨店をされているとかなんとか……。
「ああ。なるほど! アレか! アレならうまくいきそうだ」
エルクさんがウルカスさんと視線を合わせ、いたずらっ子みたいな顔をしてニヤリと笑い合った。オウルさんを助けにいけることになって、うれしいんだけど、うーん。なんか、イヤな予感。
……アレって、一体、なんなんだろう??
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