7人が本棚に入れています
本棚に追加
行けるか!? ドキドキ出都検査!(2)
「へ、ヘルマ様……申し訳ありません! そ……その荷物の件ですが……」
荒い口調で背後から制止をかけた兵士だけれど、相手が年上のヘルマさんと知って、急に丁寧な物言いに変わる。
「昨夜、上から伝令が参りまして「今年はそれほどの量、必要としない。余剰分を王城へ戻すように」と」
も、戻す!? そ、そんな事にしたら私たちがここに隠れていることがバレちゃうじゃない!? イヤイヤ!! ゼッタイ、ダメーー!! ついサクヤの腕をギュッと握りしめてしまう。
「ほう! それはなぜじゃ?」
私だったら変な声が出ちゃう所だけど、さすが商人のヘルマさん。慌てず、焦らず、ペースを崩さず逆に兵士に問いただす。
「ティーナで異変が起きていることは既知かと存じますが、その影響のようです。今年は潮の流れも例年と違うため、餌の量はそれ程必要としないのではないかと……」
「なあるほどのう! で、その異変とやら。今日、もしくは明日、急に収まったらどうするつもりなんじゃ?」
兵士の説明も終わらぬうちに、間髪入れずさらに声のトーンを上げ、鋭くヘルマさんが切り返し、
「そ、それは」
兵士が口ごもったところで、さらに畳み掛ける。
「お主は言い切れるのかの? 今日も、明日も、明後日も、ず〜〜っとその異変とやらが続くと言い切れるのかの?? ……言い切れるというなら、なあ〜ぜじゃろうなぁ〜?」
最後の言い回し、なんだか意味深に聞こえる……。どういう事か知りたくてじっと耳を傾ける。タジタジと兵士が後ずさる足音と鎧の擦れる音がする。
「そ、それは、わ、ワタシにはわかりかねます。その、上層部からの言葉をお伝えしただけで」
フンっ、心底呆れた様子でとヘルマさんが鼻を鳴らした。
「とりあえずは納品に行って、町長のネトーに確認してみるわい。ある程度保存はきくから通常の漁に使うじゃろうしな。こちらも手配した分は買い取ってもらわねば金にならん。さて、お主、まぁーだワシの商いの邪魔をしようとでも? それとも損害分は騎士団の予算から捻出してくれるのかえ? そこまで言うならこの荷物、お前が望む分だけ、そこの休憩所に置いて行っても構わんが……」
「し、失礼いたしました!」
兵士の石畳を踏むブーツの音が遠ざかる。馬車から走り去ったのかな? ま、まあそうなるよね。こんなくっさい荷物、何箱も休憩所に詰め込まれたりなんかしたら、たまったもんじゃないもんね。
再び馬車が動き出す。都のどこにいても聞こえる滝の音が、だんだん大きくなり、馬の蹄の音をかき消していく。轟々と流れ宙を舞い、突き出した岩壁にぶつかり砕け散る巨大な滝。その中を馬車はまっすぐ走り続ける。耳元で逆巻いていた暴力的な轟音が、ある時を境にしてふとゆるみ次第に遠ざかり……橋を渡り終えたのかな? 代わって風に揺れる木々の優しいざわめきが馬車を包み込んでいく。あんなに騒がしかった滝の音は、もうどんなに耳を澄ましても聞こえない。馬の息遣いと駆ける足音、車輪の回る音だけが荷台を震わせている。
「王都は抜けれたぞい。 だが、すれ違う馬車まだ多い。難儀じゃがもう少しそこで我慢しときなさい」
ヘルマさんの声がした。「抜けれた」。その言葉に弾かれたように顔を上げる。抜けれた! 抜けれたんだあぁ! 何度も口の中で繰り返し、頭でちゃんと理解できた途端、へなへな〜と力が抜けてしまって、イタッ! 私はガタンっと木箱の枠に背中をしこたま打ち付けてしまった。
「さすがヘルマ! 得意の話術で相手を丸め込んで、だてに長生きしてねぇな、よっ、年の功!」
「誰が年じゃ! 相変わらず減らず口叩きおってからに!」
ま〜た危機を脱したと思ったらこれだもの、サクヤってば懲りないんだから! でも、今回ばかりは安堵のため息しか出てこなくて、私は言葉なく胸に手をやった。まだ緊張が解けなくて心臓がバクバクしている……とりあえず深呼吸を繰り返してみる。
す〜は〜す〜は〜……ふう〜。やっとドキドキ、落ち着いてきた、かな?
「ヘルマさんのおかげでなんとかなって……よかったね!」
やっと言葉を話せて、横に座るサクヤに声をかけたんだけど……え?
「ん? あ、ああそうね」
え、えー? 何してんのお!? ついさっき叱られたばっかなのに、サクヤってばどこ吹く風。今度は例のエサが入った陶器の入れ物のフタを勝手に開けてるじゃない! クサイ……じゃなかった何するつもり?
「ちょっと! 何やってるの!?」
「いやー俺、実はむかし、先輩に釣り教えられてやったことがあってさあ。結構面白くて。これすげえ釣れるんだろ? せっかく海行くし、海釣りやってみるかなって」
釣り!? さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったのに、助かったと思ったら、もう遊びの事??……一体どういうメンタルしてるワケ!?
「もぉー信じらんない!」
呆れて果てて、あんぐり口が開いてしまう。でも……緊張から解放された直後なのもあり、サクヤの心臓って毛の生えたクモみたいなのかな? なんて考えたら、おかしくなってきちゃって。私はケラケラと笑い出してしまった。
そんな私に驚いて一瞬キョトンとしたサクヤも、ビンを持ったまま吹き出して、しまいには腹を抱えて大口開けて一緒になって笑っている。何はともあれ、お互いの無事を確かめ合い、心からほっとする。本当に……よかった!
喜びをかみしめ、ひとしきり笑いあって、だんだんそれもおさまってきて、私はそこで初めて自分の右手に視線をやった……うそ! 私ったらサクヤの腕をつかんだままだった。慌てて離すと急に、昨晩、竹刀を振り上げたエルクさんの前にサクヤが割り込できた姿が思い出された。たぶんあれって、かばってくれた、んだよね? そういえばお礼、まだ言ってなかったな。
「サクヤ、あのね」
あれれ? 唐突に身体が熱くなり顔まで赤くなってしまって。私、照れてる? ヤバイ! 気付かれたくなくてサクヤから顔をそむけ、ひざを抱えたまま切り出す。
「ん? 捨てないよ? いくらアーミーの頼みでも」
捨てる? 何の話かと思えば、サクヤったら今度は自分のポッケから出した小瓶に早速餌を少しずつ移し替えているじゃないか。もう! ヘルマさんの売り物なのに、後で怒られても知らないよ?! って……ちがうちがう、小言はとりあえず後にして。
「あ、あのね。夜、エルクさんが竹刀を振り上げた時、かばってくれたんだよね……? 頭叩かれちゃって……大丈夫だった?」
目だけヒザから出し、上目遣いでサクヤの頭を見つめる。あの時、頭がへこんだみたいに見えたんだよね。黒色の目を見開いて、サクヤは私の視線を追って自分の頭のてっぺんに手を上げ、サラサラのマッシュショートの黒髪をなでる。
「え? あ? ああ! 大丈夫よ? そりゃ俺、アーミーの眷属やってるからして、危険があればかばうのは当然だし」
前のダンジョンでもその話聞いたけど、そのケンゾク? とかは、よくわからないんだ……けど、
「本当はあの時すっごく怖かったんだ……だからね、その。助けてくれて、どうも、ありがとう、ね」
素直な気持ちを伝えられた。いつもフザケ合ってばかりの相手に、マジメな話をするのってなんでこんな恥ずかしいんだろう。彼の天真爛漫、キラキラかがやく瞳から視線を外し、もう一度ひざ小僧に顔を埋める。相手はバルトさんじゃなくて、「あの」サクヤなんだよ? ……ヘンなの! で、でも忘れる前に伝えれてよかった……と気が軽くなったのも束の間。ん!? なに?! か、肩を……つかまれた……!?
「アーミー!! それってもしや、一巻遅れの告白? デレた? デレでいいの? 大冒険前に全力チャージいいの?? マジで?」
え? ええ!? はぁあああ!? ぜ、全力うぅ!? さっきまで純心そのものに輝いていたサクヤの目が急に怪しい光を帯び始め、お互いの距離がどんどん近くなってくる。ちょ、ちょっと!! なんか唇を突き出してきて、ウソ!? ヤダコワイ!! 今、ラーテルさんがいないのに、誰かあああああーー!!
今度こそ、ホントのホントに……万事……休す……なの!?
最初のコメントを投稿しよう!