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久しぶりの市庁舎とイジワル子猫(1)
「えっと、そこのカラフルピーマンを一盛りと……、あとサンゴトマトと、青サラダ菜、細カボチャもお願いします!」
休日の王都の食料市場は大盛況だ。太陽の光がさんさんと降り注ぐ初夏の青空の下、石畳の大広場にずらりと並ぶ、色とりどり食材をのせたワゴン。それを覗き、ショッピングを楽しむお客さんたちであふれかえっている。行き交う人たちの喧騒に負けなように大声で店員さんに声をかける。それを聞いた、右隣のサクヤが大袈裟にのけぞった。
「アーミー、ずいぶん買うなー」
「だって、ジャンさん、食べそうだし。サクヤだって食べるでしょ? それに! うちにはなんていったってレトがいるんですからね」
「ボク、アーミーのお料理、おいしくって大好きなんだよね〜! 今日もすっごく楽しみぃ!」
はあ。左隣のレトが白のノースリーブのローブをひらひらさせながら、身を乗り出し、舌なめずりする。ほらー、これだもの。やっぱり足りない気がする……。ニコニコ優しそうな白く長い耳に糸目をしたおじいさんに、もう一度声をかける。
「すみません! 後こっちのイモじゃがと、スジセロリも追加で!」
前も言ったかもしれないけれど、レトは華奢な見た目に反して、恐ろしい大食漢なんだ。サクヤもレトほどではないけれど男子だから食べるでしょ? さらに力仕事をされる庭師のウルカスさんもガッツリ食べるし……ただでさえ寮で料理を振る舞う時はかなりの量を作るのだけれど、今晩はあのジャンさんもご招待することになっている。ジャンさんのクマ……じゃなかった! 大柄な容姿を思い出し、私はめまいがした。足りるかな……差し出された大きな紙袋二つを前に、寮共用の財布に手をしたまま、うーーん! 頭を抱えてしまう。
「アーミー、寮のキッチンにも買い置きがあると、エルクさんがおっしゃっていました」
背後から黒の半袖のパフスリーブのワンピースをまとったラーテルさんの腕が伸びてくる。大きな紙袋を軽々と両手に持ち、一つをサクヤに押し付けて、長い銀のメッシュの入ったストレートの黒髪をゆらし、優しく微笑みかけてくれた。
「だから、きっと大丈夫ですよ」
ラーテルさんが、大丈夫、と言ってくれた途端、気持ちがすとんと落ち着く。私は胸を撫で下ろし、こくんと頷いた。
「そうですね、ありがとうございます! じゃ、寮まで戻りましょう!」
先ほど寮にいらしたジャンさんは、エルクさん、ウルカスさんとお出かけのお約束をされていたらしい。来客の際はいつもそうするように、食堂でお茶の準備を始めたところ、エルクさんに、すぐ出るからと止められ、代わりに、
「帰宅して、皆で夕食を食べようと思ってるんだ。できればアーミー、協力してくれるか?」
そうお願いされたんだ。もちろん料理好きな私は、いちもにもなく引き受けたのだけれど、食材が足らない気がしてね〜。こうして買い出しに来たってワケだ。ちょうど一緒にいたサクヤ、そしてレト、呼び鈴に誘われ部屋から出てきたラーテルさんも合流し、一緒に付き合ってくれる事になったんだよね〜。
本当のことを言うとサクヤと一対一で話がしたかったのだけれど……でも夕飯までまだ時間もあるし、夜もある。チャンスはあるはずだよね。小さく頷き、香辛料の入った紙袋を手に顔を上げる。
それにしても……。
「でもぉ〜、エルクさんもぉ〜、ウルカスさんもぉ〜、寮を空けておでかけって珍しいよねぇ〜」
大荷物を抱え、フラフラ歩くサクヤを指でつついて、からかいながらレトが言う。私もちょうど同じことを考えていたところだ。
私たちが寮でお世話になってからというもの、いつもどちらかお一人、必ず寮に残っていてくれていた。何かあったらいけないから、ってね。でも今日は珍しく「大切な用事だから」って、二人一緒に外出されたんだ……。
「久しぶりにデートじゃねえの? って角刈りがいたらイチャつくのは無理か」
もう、イチャつくなんて言葉を使ってぇ! 軽口を叩くサクヤに、ラーテルさんがすかさず軽蔑のまなざしを送る。それをレトと一緒に笑いながら……私はさっき裏庭から姿を現したウルカスさんの手にしていた花束が気になってしかたなかった。
たくさんの花びらがポンポンみたいに連なる、白くかわいらしい花、スプレーマム。あれは……大切な人が亡くなった時、その人のお墓に飾るお花……。胸にかけた星の形のペンダントを握りしめる。
お二人はたぶん、どなたかのお墓参りに行かれたに違いない。ジャンさんも一緒ということは、その亡くなられた方も元遺跡調査課だったんじゃないかしら……それってもしかして……オウルさんが言っていた……レイチェル……さん?
「アーミー? どうしました?」
いけない! また一人で考え込んでしまった。ハッと顔をあげると腰を落としたラーテルさんのアメジスト色の瞳が気遣わしげにこちらをのぞきこんでいる。
「すみません! ちょっと考え事をしてしまって」
慌てて手を振ったものの、私の異変に気づかないラーテルさんじゃない。心配そうに顔色を探りながら、前を歩く二人を指差した。
「そうですか? 体調が優れないようなら言ってくださいね。もし大丈夫でしたら、寮に帰る前にその……調査課に寄ってみようかという話になって」
慌てて顔をあげる。いっけない! 考えごとしてる間に、すでにサクヤとレトは庁舎のある市民広場へと、ズンズン歩いて行ってしまってだいぶ距離があいている。
ラーテルさんは前回、ダンジョン探索中に、オウルさんと言い合いになった時、レイチェルさんの名前をあげ、何か詰問していた。だからきっと彼女が誰なのか、彼女に何があったのか知っているに違いない。聞きたい……!
でも……。
こんな明るい日中にそんな重たい話題を出すのもなんだし、何も知らないレト、サクヤを不安にさせたくない。わかっているけれど、つかえた言葉を吐き出しそうになる。
ーーレイチェルさんって、誰なんですか?
ダメダメ! 私はそれを必死に飲みこみ、精一杯の作り笑顔を貼り付かせ、首を縦に振った。
「ちょっと人酔いしただけです! オウルさん、帰っていらしてるかもしれない! 行ってみましょう!」
ラーテルさんの腕を引く。今は無理だけれども、二人きりになれた時……聞いてみようっと……。
食料市場から、さらに西に十五分程歩くと、先月まで私たちが通勤していた市庁舎広場が見えてくる。今日は休日だからして、庁舎はおやすみ。そのため手続きなどで来る人ないないから、平日では考えられないほど広場は閑散としている。
伝説の偉人の石像が飾られた五階建て、中央にさらに頭ひとつ高い尖塔がそびえる大きな庁舎を目前にして、私は小さく声をあげた。わあ、久しぶりだなあ。オウルさんと別れてから来ていないから、ほぼ二十日ぶりかあ。
「やっぱり空いてないなー」
感動しきりな私を置いて、サクヤは足早に遺跡調査課へとつながる尖塔への扉に手をかけた。鋲打ちされた大きな木製扉のノブに手をかけて押したり引いたりしているけれど、扉はびくともしない。っていうことは、つまり。
「まだぁ、ティーナから帰ってきてないんだねぇ〜」
レトのいう通りかあ。
「……そうですね」
不安げに二人の後ろに立つラーテルさんも、肩としっぽを落とした。私からだと背中しか見えないけれど、すごく落ち込んだ顔をしているに違いない。
「きっと……帰ってこられますよ、きっと」
なんだかこんなに雰囲気が重たくしてしまったのは……私のせいのような気がしてしまって……とても申し訳なくて……毎日ずっと繰り返している願いを、思わず口にしてしまった……。
その途端だ。
「何言ってんのにゃ? 遺跡調査課はまだまだおやすみにゃ! おまえら揃いも揃って寝ぼけでもしたのかにゃ?」
ビクッと背筋が震え、耳、しっぽが緊張と驚きでピンと立ってしまった。
今イッチバン聞きたくない声! でも……聞いてしまった以上、無視して立ち去るわけもいかない。私はイヤイヤながら……声のした背後を振り向いた。うぅう。やっぱりぃ。
「ソロル……?」
そこにいたのは思った通り。うすいピンク色のふわふわのツインテール、紺色のショート丈のローブ。小さいとんがり帽子をかぶった小柄な少女……細く長いしなやかなグレーのしっぽを、いつも通り左右に揺らし、あからさまにバカにした視線をむける魔法娘、魔法ギルドのおエライさん、ソロルが立っていたのだった……。
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