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久しぶりの市庁舎とイジワル子猫(2)
彼女とも、前回のダンジョン探索の帰り以降、会うのは久しぶりだ。
でも……不注意でぶつかってしまった私も悪いけど、初対面の時から、村人ってバカにされたり、私の形見のペンダントを勝手にとろうしたり良い印象はないから、正直、積極的に会いたくはないんだよね……。
そんなこんなで私も含め、全員でイヤ〜な顔をしてしまったらしく、それを見るなり彼女は金色の瞳孔を細め、眉をつり上げ、不機嫌をあらわに叫んだ。
「ソロル様、にゃ!」
ほーらねぇ〜うう、面倒くさい……って、やっぱり思ったのは私だけじゃないみたい。そのひんやりとした空気に、一瞬ひるんだようだけど、引き下がるはずもなく、えっらそうに腕を組み、片目をつぶる。何を言ってくるつもりかな? 嫌なことを言われても、うろたえたりしたら思うツボ! 無視しなくちゃね! とはいえ、自然と身構えてしまう。
「でも、そう遠くないうちに再開されるのにゃ」
「え!? 再開?」
再開!? されるって言ったよね? その言葉に私の決心は一瞬にして吹き飛び、思わず身を乗り出してしまった。他のメンバーも身動ぎする。そんな私たちの反応が、思いのほかうれしかったらしくソロルはぺろりとピンクの舌を出し、唇をなめた。
「それじゃオウルさん、戻ってこられるんだ!」
ついそう聞いてしまった私がバカだった。その言葉を待っていた! と言わんばかりの調子でソロルがふんぞり返る。
「バカな奴だにゃあ。そんなことあるわけないのにゃ。そもそも遺跡、ダンジョンは魔法により生み出されたもの。だからず〜っと前から管轄を変えるよう、姉様は訴え続けてきたのにゃ。その最中、起きたのがこの事態にゃ。リーダー無きまま放置しておくわけにはいかにゃいから、来週、都議会で審議がなされ、承認が下りたら」
想像と全然違う方向に話が進んでいく。承認が下りたら? その続きを息をのみ目をまるくして待つ。ソロルの金色の目が底意地悪くギラリと光った。
「魔法ギルドの管轄になるのにゃ!」
ま、魔法ギルドの管轄? ええええええええ!?
「そ、そんな」
どうしていいか分からず、泣き出してしまいそうな私に反して、ソロルの機嫌はどんどんよくなっていく。
「そして新しく課長にはお姉さまが就任するのにゃ。でも姉さまはとお〜ってもお忙しいから、課長代理、つまりこのソロル様が現場を担当することになるに違いないのにゃ〜ん」
課長代理!? 現場を担当?? ってことは、オウルさんの代わりに遺跡調査課はソロルが担当することになるってこと!? 私たちと年齢も大して変わらないのに!?
「え、ええええええ!? うそでしょぉお!?」
「そんなの、いやだよぉおぉ!」
レトと私が同時に声を上げるも、さらに大きな声でサクヤが叫んだ。
「はあ!? アンポンタンのお前の部下なんて、誰がなるかってんだよ!」
これ以上聞いてられん! とばかりに手にした紙袋をレトに押し付け、サクヤが大股で私の隣に歩み寄り、目前の背の低いソロルをコワイ顔して見おろした。ソロルも負けじと腰に手を当て、つま先立ちして睨み返す。
そう。サクヤってば、だいぶ長い間ダンジョンで寝てたはずなのに、どうやらこのソロルと面識があるらしいんだよね。彼女は魔法ギルドのおエライさんらしいんだけど、そんなのものともせず、二人はおでこをつき合わせて、バチバチと火花を散らし、睨み合っている。サクヤがんばれー! 追い払っちゃえー! と、心の中で応援するも、相手はあのソロル、黙って引き下がるワケがない。
「しょっぼいデンチしかなくて、いまやポンコツ悪魔に成り下がったおまえがどんなに反抗しても、無駄なのにゃ! 誰がなんと言おうと王命にゃんだから、お前も従うしかないのにゃん」
で、デンチ? 魔法の言葉か何かかな? 聞いたことのない単語に首を傾げる私の横で、サクヤが腕を上げ、伸ばした人差し指をソロルの鼻先に突き付けた。
「あんなマダラボケじじいの言うことなんて知るかってんだ! どんな難題つきつけられても旦那はぜってえ帰ってくる! そう言い切ってたからな! つうかおまえはむかっしから見た目ネコのくせに狐みてえに、威を借りて偉そうに! あ! もしかしてお前、前回アーミーたちに言い負かされたのが悔しくて、また姉貴に泣きついて」
「まだらボケじじい」が王様のことじゃないことを祈りつつ(だって場合によっては罪に問われちゃうもの)、サクヤの言葉にハッとする。前回のケンカ? もしかして私の形見のペンダントが手に入らなかった腹いせに、遺跡調査課を乗っ取ろうとしているってこと!? それに……無理難題って!? やっぱりオウルさん、何か大変な仕事をさせられてるってことだよね? やっぱり……サクヤ知ってたんだ。
「はにゃあ!? にゃにゃにゃ、にゃにを!?」
サクヤはさらにソロルに顔を近づけて詰め寄る。とうとうソロルが後ろへ一歩あとずさった。
「そのうち呆れられて、捨てられちまうぜ。いつも近くにいるお前が一番よく知ってんだろうよ、お前のオネエ様の性格をよ! って、イテ!?」
さらにもう一息、とばかりにサクヤがソロルのお姉さんについて言及した途端だ。彼女の顔色が一気に悪くなり……あっぶない! 片手でサクヤの肩を突き飛ばした。よろけたサクヤに手を貸す後で、彼女ってばいいとししてブーツを鳴らし、その場で地団駄を踏み始めたじゃないか。
「うるさい、うるさい! うるさいのにゃ! お姉さまはソロルをイッチバン大切に思ってくれてるのにゃ! とにかくお前らは全員ソロル様の下僕になるのにゃ! 反論は許されないのにゃ!」
そもそも遺跡調査課はお仕事をしているれっきとした部署の一つ。そこで働いている私たちはちゃんとお給料をもらっている。誰かの下僕なんかじゃないし、なるつもりもない! そう反論しよう口を開けると同時に、先に声が上がった。
「オウルさんは必ず戻ってくる、と私たちに約束してくれました。ですからそのようなことにはなりません」
ラーテルさんだ。私たちとは違い、毅然とした態度を崩さず、ソロルをじっと見つめ抗議している。美しく凛としたその声は広場にこだまし、ドロドロの悪意に満ちた空気をはらった。彼女の気に押されてか、ソロルも一瞬、口を閉じた。
これがとどめになって、前回みたいに怒りながらどこかへ行って欲しい……。
そう心で祈ったのだけど……前回もラーテルさんに手を掴まれ、私のペンダントが奪えなかったことを、根に持っていたらしい。ソロルは急に、見た目にそぐわない、老婆じみた気味悪い仕草で背を曲げ、うつむき、口の中で、耳にするのもはばかられる呪いの言葉をつぶやくと、顔を上げた。
「お前たち、今、確認したにゃ? あいつ、帰ってきてたかにゃ?」
私を透かして背後に立つラーテルさんを睨みつける。もちろん答えはノーだ。でもそれを認めたくなくて、返事を拒み、じっと彼女を睨み返しながら無言を貫く私たちをみて、呆れた顔で額にかかる髪をはらった。そのくすり指には、今まで気づかなかったけど……真っ黒で禍々しい形をした蜘蛛……? ううん、蜘蛛の指輪が巻き付いている……なにあれ?……何だかとっても嫌なカタチ……。
「あのいけすかないカトンボ野郎は、もう二度とここへは戻ってはこない……。つまり、そういうことなのにゃ!」
怯える私をさらに追い込むかのように、彼女はニヤリと唇を歪め笑った。金色の瞳は鳥肌が立つほど、加虐的な悪意にみちている。今まで、あんなむき出しの憎悪をぶつけけられことのない私は、その恐ろしさに震え、彼女から視線を逸らしてしまった。
でも、「そういうこと」って……どういうことなの?
恐怖で冷たくなる身体。そして鈍くなった頭の中でいまの言葉がぐるぐる回りだす。でも、聞きたくない……その先を。お願いだから早く! 早く向こうへ行って!
私の心の声が聞こえたなんて思わない。でもそのただならぬ雰囲気に立ち尽くす私達の姿に満足したか、彼女は五芒星の真ん中に鳥の描かれたマントをひらめかせ、背を向けた。
閑散とした広場の石畳に彼女のブーツの音が響く。その音が広場の向こう側へ完全に消えるまで、私は震えが止まらず、顔を上げ彼女の影さえ見ることができなかったんだ……。
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